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2008年10月08日

「抹殺事件」で王さんとの距離縮まった

 「王前監督」「最高顧問」という呼び名に慣れるまで、しばらく時間がかかりそうだ。新聞やテレビ報道であらためて王さんのプロ野球人としての偉大さを知る。各紙の歴代担当記者はその心配りの広さ、奥深さについて思い出エピソードをつづった。野球を離れた、王貞治はまた違った一面を見せた。ちょっぴり感傷的になる僕の中では、あの「抹殺事件」が断トツの思い出だ。

 王さんと担当記者たちで昼食をともにしたある日。店の天井から黒い物体が僕の首筋に落下した。ほこりか木の葉と思ったが、動く。昆虫独特のツメの感触が首筋に…。向かいに座った他紙の記者が「アッ、ゴキブリ!」と言った瞬間、隣にいた王さんが背中にいたゴキ君を素手でバチンとやった。天に召された彼を別の記者が紙ナプキンで包んで、騒動は終了。「オレはラーメン屋のせがれだから、ゴキブリなんていっぱいいたよ。これで大丈夫だ。さあ食べよう」。王さんは何事もなかったようにパンを食べ、ワイワイと話を盛り上げた。ちなみに福岡ヤフードームに戻ると、僕の背中に触角が残っていた。

 ソフトバンク担当になってまだ日の浅かったころ。勝手ながら、このゴキ事件で距離感が縮まった気がして、積極的に話せるようになった。確かに胸中を察しない質問で怒りを買ったこともあったが、その気さくさに何度も救われた。周りは「気遣いの人」という。選手やコーチ、球団関係者はもちろん、ファンやお店のおばちゃん、飼い主と一緒に出待ちしていた犬にも「おっ、いいハチマキをしているな」と気軽に声をかけていた。

 来年からは球団会長に就任するが、きっとスタンスは変わらない。今後も触れ合った多くの人々の心に思い出を置いていくのだろう。

 ちなみに王さんの両親が経営した中華料理店の屋号は「五十番」。プロ野球人生50年でユニホームを脱いだのは何とも数奇的な感じがした。

(押谷謙爾)


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鷹番日記
中村泰三(なかむら・たいぞう)
 93年(平成6)入社。広告部、レース部競輪担当を経て報道部。94年オフからホークス担当。02年から東京本社野球部に出向し、巨人、横浜、米メジャーなどを取材。04年11月に西部本社復帰。現在ホークス担当。35歳。
石田泰隆(いしだ・やすたか)
 03年(平15)入社。報道部 入社直後は、アマチュアスポーツを担当し、04年2月からホークスを担当。現在に至る。27歳。
進尚幸(しん・なおゆき)
 96年(平成8)入社。報道部写真担当、ホークスを中心に九州のスポーツ全般を取材。全国津々浦々を取材する。スペイン1部リーグのバリャドリードに在籍した城彰二を取材。34歳。
梅根麻紀(うめね・まき)
 97年(平成9)入社。入社してからカメラマン一筋。ダイエーホークス、サッカー、高校野球、柔道など九州関連のスポーツ写真報道に携わる。イタリア・セリエAでヴェネチア在籍時代の名波浩(現磐田)を取材。31歳。
押谷謙爾(おしたに・けんじ)
 96年(平8)入社。総務部、レース部を経て報道部。99年秋からサッカー担当。大分、福岡、鳥栖を中心に九州リーグ、高校サッカーのほか、02W杯、セリエAなどを取材。03年から大分支局。33歳。
太田尚樹(おおた・なおき)
 02年(平14)大阪本社入社。中央競馬や大相撲などを担当後、アマチュアスポーツ担当として北京五輪を取材。08年11月に西部本社へ出向してホークス担当に。28歳。

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