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企画特集


中村泰三の記事一覧

2008年7月09日

「スタンドのファンに配慮を」

 8日の西武戦(西武ドーム)の試合前練習中のことだった。王監督が球団関係者を呼び、何事か耳打ちした。選手がティー打撃を行うバックネット付近に、一般客が練習を観戦していた。ソフトバンクのある選手の知人だったようだが、球団関係者はその場所からの移動を求めた。打球が当たる可能性もある危険な場所で、選手も練習に集中できない。当然の措置だった。
 

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2008年5月27日

相手チームのキャラクターに釘付け

 これも交流戦ならでは? の楽しさだった。ナゴヤドームで行われた26日の中日戦。取材を終えて記者席に戻ると、右翼スタンドがやけに騒がしい。中日の応援団が勝利を喜んでいるのだろう、と思ったら、違った。騒ぎの主役は、グラウンドにいた中日のマスコット「ドアラ」だった。

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2008年3月12日

パウエルの素顔をみた

 これが本当の素顔だと実感した。9日の西戸崎室内練習場(福岡市東区)。練習を終えたジェレミー・パウエル投手(31)が報道陣の取材に応じた。フラッシュの放列も、突き出されるマイクもない数人の囲み取材だったが「ここでいい?」「お疲れさま」と笑顔交じりに日本語で話した。これまで、一連の騒動の中で間近に見たパウエルは、鉄仮面という表現がふさわしい不機嫌な表情だった。人間味があるのは怒りに満ち、ほほを紅潮させるときだけ、という印象だった。

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2008年2月07日

斉藤の笑顔に安心した

 異国の地で“キャンプイン”した2人は、元気だという。米アリゾナでリハビリを続ける小久保と斉藤が、プロ野球人生で初めて、2月1日を海外で迎えた。現地で取材にあたった四竈衛記者によると、2人のリハビリは順調に進み、明るく、元気にインタビューに応じたという。

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2008年1月04日

陰で続ける「人材補強」

 ソフトバンクが、将来を見据えた“補強”を着々と進めている。といっても、チームではない。フロントの強化だ。今オフ、現役を引退したばかりの田之上慶三郎投手をコンディショニング担当スタッフ補佐として残留させ、昨年、ソフトバンクを退団し、今季は独立リーグの北信越BCリーグ・富山サンダーバーズで選手兼コーチとして活躍した、宮地克彦氏を育成担当として入団させた。

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2007年11月27日

2夜連続の銅像談議

 昨年のプレーオフ(現クライマックスシリーズ)第1ステージ、場所は立川だった。

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2007年10月24日

王監督の決意をどう受け止めるか

 日本シリーズが開幕する10月27日に、ソフトバンクは宮崎で、08年シーズンに向けた秋季キャンプをスタートさせる。4年連続のV逸。04、05年はレギュラーシーズンは1位で通過しながら、プレーオフで敗れた。ただ、昨年、今季は2年連続シーズン3位。明らかに「優勝」から遠のいた。王監督はその現実をしっかりと受け止め、今秋から選手の意識改革を求め、従来のパワーベースボールに得点効率を高めたスモール野球を再導入する。

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2007年9月18日

米国流ばかりが流行るのは面白くない

 初めて米大リーグの取材をしたのは02年だった。メーン取材はドジャースで、ヤクルト石井一と野茂がプレーしていた。渡米前から本場の野球がどんなものか、興味は尽きなかった。漠然と認識していた「パワー野球」「個人主義」というイメージは、ドジャースタジアムで見た、生の試合で覆された。選手ロッカー室の入り口付近には相手チームのデータを記したチャート表がズラリ。「日本よりデータは詳しく、ち密ですよ」と、石井一が教えてくれたのが印象的だった。

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2007年8月14日

ボンズ、薬物疑惑、王、ガトームソン

 昨年3月、WBC(ワールド・ベースボール・クラシック)の取材で米国を訪れた際、現地マスコミが、王監督の囲み取材を求めるシーンが何度かあった。決まって質問する内容は「ボンズの通算本塁打についてだが-」。8日に大リーグ最多記録となる756号本塁打を放った、バリー・ボンズの話題だった。その多くは「薬物違反のある打者があなたの記録を塗り替えようとしている」「ドーピング違反をどう思うか」という質問が続いた。ボンズの記録への感想というより、ボンズの薬物違反疑惑に対する、王監督の見解を彼らは求めた。

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2007年7月11日

フロントOBにも魅力あるチーム

 グッドウィルドームで、懐かしい顔に出会った。佐々木淳二さん。ダイエーがリーグ2連覇を達成した00年まで、総務部長、球団代表などを務めた、フロントOBだった。「もう知っている顔も少なくなってきたね。7年も経つんだから」。三塁側ベンチ前では、佐々木さんの姿を見つけた小久保が「お元気ですか」と右手を差し出した。現在は国立市内の印刷会社で、人事部門の仕事に携わっており、一プロ野球ファンとしてホークスを応援しているという。

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2007年6月05日

「億の給料」の裏には

 なぜあんなに打ち込めるのか。時々、そう思うことがある。選手たちがグラウンドで黙々とバットを振る。陸上部員のようにひたすら走る。キャンプならばまだしも、今はシーズン中、試合前にも自分を追い込む選手は数多くいる。

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2007年4月23日

江川が2軍降格の夜に言われた言葉

 プロ3年目で初の開幕1軍をつかんだ江川智明外野手(20)が、18日に出場選手登録を抹消された。17日の楽天戦後、首脳陣に2軍降格を通達された。13日のオリックス戦では8番左翼でスタメン出場し、プロ初アーチを含む4打点の活躍を見せていた。「かわいそうに」と同情する選手もいた。江川に代わって昇格したのはアダムだった。レギュラーの柴原が調子を落としたため、右投手の場合は柴原、左投手の場合はアダムをスタメンで起用する方針になったという。経験と実戦の両方を兼ねていた江川は、降格対象の一番手に上がった。

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2007年3月20日

厳しさの裏にある王監督の優しさ

 春季キャンプから繰り広げられたサバイバルレースも、ゴールを迎えた。ソフトバンクの1軍枠は野手18人、投手12人。野手では、18日のロッテ戦(千葉)終了後、2年目の飛躍を期待された松田が、最後の脱落者として2軍調整を命じられた。

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2007年2月06日

宮崎のすし屋に集う人たち

 キャンプ地の宮崎に一風変わった? おすし屋さんがある。宮崎市の繁華街、中央通りにあるそのお店の名前は「勝健鮨」。本紙評論家の稲尾和久さんのなじみのすし屋で、春、秋のキャンプ取材で訪れると、ちょくちょく顔を出す機会に恵まれる。すし屋だけに、ショーケースの中には切り身の刺し身がズラリと並ぶが、このお店で、おすしを食べるのはまれ。ときには鍋料理も出る。稲尾さんいわく「勝は6年に1度しかすしを握らない」「ここはつばずしが有名だ」。つばずしとは、話好きの大将がついついお客さんとの会話に夢中になり、そのつばが握りの中に入ってしまうという…。冗談だけど、この店の雰囲気を知ると、あながち稲尾さんの指摘は間違っていない気もする。

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2007年1月08日

初心わするべからず

 さて、お正月気分もそこそこに、ソフトバンクの選手は3月24日の開幕戦に向け、すでに動き出しています。5日には松中がグアムへ、6日には和田が宮崎へ、7日は小久保、斉藤和、江川がアリゾナへ、とそれぞれの自主トレ地へ出発。すでに始動している選手もいます。その先々で取材をしてますが、5日には小久保の地元、和歌山で少年野球教室を取材しました。

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2006年12月05日

1年過ぎて選手は変わった

 プロ野球界もオフの恒例行事、契約更改のシーズンに入った。主力選手の交渉は12月中旬以降。若手選手は次々と統一契約書に判を押しているが、選手以上に、ソフトバンクのフロント陣の表情が明るいのが印象的だった。

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2006年11月06日

情熱にあふれた熱血コーチが再出発

 1人の熱血コーチが去った。今季限りで退団した6人のコーチの中に、中居殉也2軍バッテリーコーチも含まれていた。90年にドラフト外で金沢高からダイエーに入団。5年間の現役生活で1軍出場は全くなかったが、その人柄を評価され、96年からスタッフに転身し、03年からコーチに昇格。実績が後ろ盾になるプロ野球界では、異例ともいえる人事だった。

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2006年10月10日

またチームが変わろうとしている

 ソフトバンクが、プレーオフ史上初となるシーズン3位からの第2ステージ進出を決めた。柳瀬、藤岡のルーキーセットアッパーコンビに、二塁手の本多、第3戦で代打同点打を放った稲嶺、とニューフェースが、この大舞台でその才能を開花させているのが特徴的。若い選手は時に周囲の予想をいい意味で覆す結果を残す。その結果を自信にして、また結果を出す。その好循環がチーム成績に反映され、チームの勢いを生む。低迷しているチームが快進撃を見せるとき、そういう現象が起きる。

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2006年9月11日

山崎は大きな財産を手にしている

 9月5日の日本ハム戦で、ソフトバンクは6-9で敗れた。4回には先発の新垣が一挙5点を失った。その失点には、要注意打者の小笠原に打たれた3ランが含まれていた。その後の一塁側ベンチでは、山崎が大石バッテリコーチから配球の教えを受ける光景があった。

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2006年8月14日

まるで「スーパーカーショー」

 先日、雁の巣球場(福岡市東区)へ取材に出掛けた。2軍の練習に1軍の投手陣が参加していた。駐車場に車を停めると、言葉はちょっと古いが、まるで「スーパーカーショー」に来ているようだった。ベンツはもちろん、BMWに米国製のハマーなどなど、高級車がズラリと並ぶ。これが1軍の福岡ヤフードームの駐車場ならそんなに驚かないが、ここは2軍のはず。それでも駐車してある車は、1軍クラスだった。

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2006年7月18日

会話重視の森脇監督代行

 王監督不在のホークスで、監督業は森脇チーフコーチ兼内野守備走塁コーチが代行している。森脇コーチは96年シーズンを最後に現役を引退し、そのまま育成コーチに就任。その後、2軍監督なども歴任し、1度もユニホームを脱ぐことなく現在に至っている。その経歴を見れば生え抜き選手のように思えるが、プロ入りは78年の近鉄(ドラフト2位で入団)。83年には広島に移籍し、その後シーズン中の87年5月に南海(現ソフトバンク)へトレードで移籍している。

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2006年6月19日

甲子園は非日常的な空間だった

 交流戦が終わった。今年は広島を除くセ・リーグ5球団の本拠地で取材をした。阪神戦で甲子園を訪れた際、03年の横浜担当時代、当時の球団社長が話していた言葉を思い出した。

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2006年5月23日

極め続けた技の重み

 米大リーグ、ジャイアンツのバリー・ボンズ外野手(41)が歴代2位ベーブ・ルース(元ヤンキース)に並ぶ通算714号本塁打を20日(日本時間21日)に放った。翌日の日刊スポーツの記事を読めば、敵地アスレチックスの球場では、ファンが約2分間、立ち上がって拍手を送るスタンディングオベーションで祝福したが、その中にはブーイングも混じっていたようだ。ボンズの薬物疑惑に対する非難が、そこにある。

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2006年5月08日

ガッツポーズが出る日まで

 2日に松本輝投手と楽天斉藤秀光内野手の交換トレードが発表された。楽天側が直々に松本を指名。ルーキー本多の故障、期待された仲沢の2軍降格など、内野手の控え層に厚みを増したいソフトバンクとの思惑が一致した、という。「両球団、両選手にとっていいトレードだったと思う」と角田球団代表は話した。

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2006年4月24日

やはりルーキーだった

 やっと出た。ルーキー松田に待望のプロ初アーチが飛び出した。開幕から87打席目での1発。試合中に広報から発表されたコメントは「何も覚えてません」。鈴木広報に聞くと、本当に興奮していたそうだ。

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2006年4月10日

出てこいポスト城島

 もがき、苦しむソフトバンクとは対照的に、西武が快調だ。新生チームの象徴として高校生ルーキーの炭谷が、よく取り上げられる。高卒1年目の開幕スタメンだけでも驚きだが、経験が重要とされる捕手だから余計に周囲も反応する。「伊東監督ならではの起用。自分の通ってきた道だからね。われわれではできない」と王監督も驚きを隠せなかった。3月29日の北九州市民球場での試合では、この炭谷にプロ初本塁打を満塁で許し、さらにもう1本、打たれた。

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2006年3月06日

さらに増加しているバイタリティー

 ソフトバンク王貞治監督が率いる、WBC日本代表チームに同行している。日の丸という重圧を背負う王監督だが、時折、ソフトバンクの話題を口にすることもある。

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2005年10月20日

涙の向こうに見えるもの

 涙の向こうに何が見えただろう。17日のプレーオフ第5戦。ソフトバンクは負けた。レギュラーシーズンを2年連続で1位通過しながら、またもこの短期決戦で負けた。

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鷹番日記
中村泰三(なかむら・たいぞう)
 93年(平成6)入社。広告部、レース部競輪担当を経て報道部。94年オフからホークス担当。02年から東京本社野球部に出向し、巨人、横浜、米メジャーなどを取材。04年11月に西部本社復帰。現在ホークス担当。35歳。
石田泰隆(いしだ・やすたか)
 03年(平15)入社。報道部 入社直後は、アマチュアスポーツを担当し、04年2月からホークスを担当。現在に至る。27歳。
進尚幸(しん・なおゆき)
 96年(平成8)入社。報道部写真担当、ホークスを中心に九州のスポーツ全般を取材。全国津々浦々を取材する。スペイン1部リーグのバリャドリードに在籍した城彰二を取材。34歳。
梅根麻紀(うめね・まき)
 97年(平成9)入社。入社してからカメラマン一筋。ダイエーホークス、サッカー、高校野球、柔道など九州関連のスポーツ写真報道に携わる。イタリア・セリエAでヴェネチア在籍時代の名波浩(現磐田)を取材。31歳。
押谷謙爾(おしたに・けんじ)
 96年(平8)入社。総務部、レース部を経て報道部。99年秋からサッカー担当。大分、福岡、鳥栖を中心に九州リーグ、高校サッカーのほか、02W杯、セリエAなどを取材。03年から大分支局。33歳。

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