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2008年9月29日

王監督付マネジャーにも「お疲れさん」

 王監督が23日に今季限りでの辞任を発表した。突然の決断。23日に竹内COOに辞意を申し入れた王監督だが、当初は25日に孫オーナーと東京・汐留のソフトバンク本社で会談し、その場で最終決断を下す予定だっという。報道陣はもちろん、球団関係者も23日は慌ただしい1日だった。

 王監督の周辺もそうだろう。会見中、王監督の携帯電話は着信とメールの受信で鳴りっぱなしだったという。その王監督の電話をずっと握っていたのが、中山監督付だった。

 親会社がダイエーからソフトバンクに変わると同時に監督付マネジャーに就任。この4年間、公私にわたって王監督に仕えてきた。勇退決定後、王監督は中山監督付にこう話したという。「“2年間”お疲れさんだったな」。その言葉に思わず苦笑いを浮かべたそうだが、中山監督付はただの勘違いではないと受け止めた。「時間の区切りではなく、やっぱりあの手術の前と後で、僕と監督との関係、距離は全く違ったものになったと思う。あの手術の前の仕事を自分で振り返っても、怒られた記憶ばかりで、胸を張って言えるものは何もないから」。中山監督付はしみじみと言った。

 王監督と常に行動を共に、姉さん女房の奥さんより、ともに過ごす時間は長かった。ときには公の場でののしられることもあった。06年の胃がんの手術の際には、病室の廊下で毎日、待機した。退院後も有事に備え、王監督のそばから離れなかった。「監督は来る者拒まず、で飛び込んでくる人間を受け止めてくださる器の大きさがある。自分には何の取りえもないけど、失敗をした自分を、常に受け止めてくれた」。

 そして、王監督は「おれにずっと付いても出世しないぞ」とも冗談交じりに話したという。「世界の王」の世話役だけに、その重圧は本人にしか分からない。ただ、辞任会見後の王監督同様、中山監督付の表情もどこか和やかになった。

(中村泰三)


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鷹番日記
中村泰三(なかむら・たいぞう)
 93年(平成6)入社。広告部、レース部競輪担当を経て報道部。94年オフからホークス担当。02年から東京本社野球部に出向し、巨人、横浜、米メジャーなどを取材。04年11月に西部本社復帰。現在ホークス担当。35歳。
石田泰隆(いしだ・やすたか)
 03年(平15)入社。報道部 入社直後は、アマチュアスポーツを担当し、04年2月からホークスを担当。現在に至る。27歳。
進尚幸(しん・なおゆき)
 96年(平成8)入社。報道部写真担当、ホークスを中心に九州のスポーツ全般を取材。全国津々浦々を取材する。スペイン1部リーグのバリャドリードに在籍した城彰二を取材。34歳。
梅根麻紀(うめね・まき)
 97年(平成9)入社。入社してからカメラマン一筋。ダイエーホークス、サッカー、高校野球、柔道など九州関連のスポーツ写真報道に携わる。イタリア・セリエAでヴェネチア在籍時代の名波浩(現磐田)を取材。31歳。
押谷謙爾(おしたに・けんじ)
 96年(平8)入社。総務部、レース部を経て報道部。99年秋からサッカー担当。大分、福岡、鳥栖を中心に九州リーグ、高校サッカーのほか、02W杯、セリエAなどを取材。03年から大分支局。33歳。
太田尚樹(おおた・なおき)
 02年(平14)大阪本社入社。中央競馬や大相撲などを担当後、アマチュアスポーツ担当として北京五輪を取材。08年11月に西部本社へ出向してホークス担当に。28歳。

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