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新庄カウントダウン

ジャイアンツ・ボンズ「去りゆく親友へ」

shi-060829-1.jpgメジャーの大砲、サンフランシスコ・ジャイアンツのバリー・ボンズ外野手

 新庄へ、この思いを伝えたい。米メジャーを代表する世界的アーチスト、サンフランシスコ・ジャイアンツのバリー・ボンズ外野手(42)が、去りゆく「親友」へ熱いメッセージを寄せた。届けた先は、同球団で1年間ともにプレーした新庄剛志外野手(34=SHINJO)。ともに戦った日々を懐かしみ、日本球界復帰後の成功を自分のことのように喜び、今オフの日本での再会を誓った。気むずかしいことで知られる孤高の大打者が、新庄に対しては胸に秘めた思いをストレートな言葉にしてくれた。


 シンジョーは My boyなんだ。

 彼がジャイアンツにやって来たとき、なぜかすぐに気が合うやつだと分かったんだ。クラブハウスで自分のロッカーから「シンジョー」と声を掛けると、いつもニコニコしていたことを思い出すね。

shi-060829-3.jpgメッツ戦で新庄(左)は右犠飛を放ち、三塁から生還したボンズと祝福のタッチをする=02年8月20日

 それほど長い間一緒にプレーはできなかったけど、印象は強烈に残っているんだ。何しろ、彼はフラッシーだったからね。ファッションにしてもユニホームの着方にしても自分のポリシーを持っていて、神経が隅々まで行き届いている感じだったね。

 でも、外見だけじゃないよ。同じ外野手として、彼の野球の才能にはすごいものがあると思った。日本に帰ってから何をしているのかと思っていたら、試合の合間に大変なパフォーマンスをやっているんだね。日本から持ってきてもらったVTRを見たんだけど、それを見ながら僕は何度も叫んでしまったよ。「Oh my god !」ってね。

 球場の天井からロープで下りてきたり、いろいろ派手なパフォーマンスをやっていて、彼は今こんな形で登場するの? って、驚いたんだ。僕があんなこと(ロープで降下すること)したら途中でロープがちぎれちゃうよ(笑)。シンジョーほど細くないからね。それに第一、僕にはあんな場所からぶら下がる勇気もないしね。

shi-060829-4.jpg試合前、地元の日系人会から記念品を贈られた新庄(左)は、ボンズにプレゼントされたダルマをなでる=02年9月15日

 シンジョーは日本ではモデルみたいなもんなんでしょ? それで野球をやりながらファンも楽しませている。シンジョーもファンを愛しているし、ファンにもすごく愛されているんだということがよく分かるよ。今年で引退するって聞いたけど、自分なりの考えで結論を出したことだろうから、僕はそれに対して何も言わないよ。僕だってそういうことを考えなければならない時期にきているからね。潔い判断だったと思うけど、あれほどファンを楽しませているのに、辞めるなんていうとファンが許さないんじゃないの? シンジョーはいろいろなタレントの持ち主だから、やめた後もまた別の形でファンを楽しませることができると思うけどね。

 僕はおそらくオフに(日米オールスターで)日本に行くことになると思うから、その時に会えたらいいね。でも僕とシンジョーは一晩中飲んだり騒いだりして試合に間に合わないかもね。だって僕たちはバディーだからね。2人で一晩中どんなことをするかって? それは言えないけど、めちゃめちゃ楽しいことになりそうだよ。引退のことなどは日本で会ったとき話そうね。会えるのをすごく楽しみにしているよ。

 僕のバディー、シンジョーへ。

バリー・ボンズ

<英語解説>
▽boy (親しみを込めて)男、やつ、仲間
▽フラッシー(flossy) (外観が)派手な、しゃれた
▽タレント(talent) 才能
▽バディー(buddy) 仲間、兄弟、相棒

◆ボンズと新庄

shi-060829-2.jpgオープン戦で走塁ミスや守備でも精彩を欠き、新庄(右)は守備中、ボンズに慰められる=02年3月18日

 新庄がメジャー2年目の02年の1年間、ともにプレーした。1年目のオフにメッツから電撃トレードが決まり同じユニホームを着ることになった。初対面はサンフランシスコの本拠地パシフィックベルパークでの入団会見前日の同年2月11日。その翌日に同市内で行われた日系市民団体との共催による歓迎会にボンズも参加し「自分のやり方と彼(新庄)のスタイルは似ているし、仲間になれて楽しみが増えたよ」が第一印象だった。

 また同年にジ軍がワールドシリーズへ出場する1つの原動力になった新庄について、すでにこの時「イチローと同じように成功するだろう」と予言していた。ボンズは00年日米野球で来日した時から印象に残っていた選手と語り、特に新庄の守備力を高く評価。左翼ボンズ、中堅新庄のコンビになることが多かったが「左中間の打球は任せる」と信頼されていた。

 デリケートな性格で知られるボンズだが新庄とはフィーリングが合い、食事をともにするなど公私に親交は深かった。新庄は日本復帰した04年のシーズン直前の3月に「2年前のジャイアンツの雰囲気…、ないかな。でもちょっと似ている」と日本ハムを分析。また翌年の春季キャンプでは「この感覚で毎試合打てれば73本くらいは打てるんじゃないかな」とボンズのシーズン本塁打記録の更新? も宣言したこともある。また新庄が愛用するバットの1つが、ボンズと同じ「サムバット社」だ。

2006年08月29日付 紙面から

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