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新庄カウントダウン

大スターにふさわしい『日本一』

 なかなか原稿を書き出すことができなかった。10月26日、午後9時28分。日本ハムの日本一が決まった。新庄選手が、そして森本選手が、左中間フェンスの真下で抱き合っている。札幌ドーム記者席のモニターには、感動のシーンが映っている。締め切り時間が迫っていたが、すべてを見届けようという思いもある。だが、それよりも試合途中から結末を予測はしていたが、信じられない光景を前にし、固まってしまった。ハートを揺さぶられ、仕事をしなければいけないという「現実」へ、すぐに向かうことはできなかった。

 新庄選手を追いかけ回し続けた、3年間の一区切りついた。振り返れば、記者としてもこれ以上ないやりがいを感じ、充実した時間を過ごさせてもらった。しみじみと振り返る中で印象深く思い出すことは、実は取材をする中で「禁句」が2つあった。その言葉を使った時、また使わない時、途端に不機嫌そうな表情を浮かべられたことが何度もあった。2つのキーワードは「ファン」と「北海道」だった。

 そこに、とことん、こだわっていた。「スタンドの『観衆』が…」と「今日は『観客』が…」などと質問をすれば、途中で遮られた。新庄選手から「それ(観衆、観客)はファンね!」と言い直させられた。たまにはちょっと怒気も含んでいた。もう1つも一緒。「明日は『札幌』のファンが…」「今は『札幌』では…」などと質問した時には、「いや札幌じゃなく、北海道ね!」と即座に訂正して質問をし直された。北海道日本ハムファイターズの球団名どおり、本拠地は「札幌」ではなく「北海道」だと力説し続けた。

 豪放磊落(らいらく)に見えても、小さなことにこだわる意識はすさまじかった。必ず発言、行動の1つ1つに対し、「受け手」の立場を考えていた。それがパフォーマンスを敢行する意識、勇気にもつながっていたのだろう。日本ハムのチームメートに対しても同じ。新庄選手と食事中にひじをついて食べていた稲田選手は、厳しくこう注意されたという。「その腕、切るぞ!」。もちろんジョークだが、相手に失礼がないような礼儀作法にまで執着していた。後輩にまで自分のこだわりを説き、徹底させた。

 そんな小さな小さな努力を積み重ねた17年間が、最後の最後で大きく、美しく、実ったのだと思う。翌日の引退会見では「少し休ませてよ」と珍しく音を上げた。記録より記憶という信念で走り続けた野球人生。心血を注いで、強烈な記憶を残してくれた大スター。ラストにはご褒美のような、ふさわしい「記録」が日本一だった。【高山通史】

2006年10月30日

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トラックバック時刻: 2006年10月31日 18:36


高山通史(たかやま・みちふみ)
 日刊スポーツ長野、新潟支局を経て02年入社。編集部。一般スポーツ、コンサドーレ札幌などを担当し、03年9月から日本ハム担当。高校3年夏の甲子園に出場して本塁打をマーク。新潟・小須戸町(現新潟市)出身。31歳。

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