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新庄カウントダウン

ハムVで垣間見た本当の姿

 引退への花道がVロードになった。涙、涙、涙…だった。新庄選手が花束を抱えてグラウンドを1周した。スタンディング・オベーション。今まで聞いた事がない、大音量の拍手が降り注いできた。そんな光景をバックネット裏上段の記者席から見ていた。感動のシーンだった。レギュラーシーズン1位通過、プレーオフ第2ステージ2戦2勝の「完全優勝」だった。

 ビール掛けで、新庄選手は感謝の思いを込めたサプライズを仕掛けていた。試合前に選手へ、自分の口で「依頼」した。選手全員で円陣を組み、その中心に打撃投手、ブルペン捕手ら裏方さんを入れてやろうという計画。バレないように、根回しした。ほかの選手たちもその思いをくんでくれたという。しかも、ビール掛けには球場アルバイトの大学生ボールボーイ、ガールや、直接球団と関係がない人たちも加わった。

 25年ぶりのリーグ優勝の「主役」の座を譲った。ただ、その途中で1人、会場を抜け出した。個人トレーナーに「探してきて」と指示を出していたのだ。その人とは、阪神時代から面倒を見てくれた後見人の竹中氏。関西から優勝の瞬間をひと目見ようと、駆けつけていた。タテジマのユニホームを着ていた時の苦労も、志保夫人との交際の経緯も、すべてを温かく見守ってきてくれた恩人だった。ビールを軽く浴びた竹中氏は「良かったわ。ホンマ」。取って置きの恩返しに、ほおを紅潮させていた。

 このプレーオフ2戦。福岡からは両親も駆けつけ、応援していた。こちらにも最高の恩返しができたことだろう。周囲の評判は気配り、気遣いの人。目立つことは好きだが、1歩引くときは引く。日本球界でプレーして14年目、しかもラストシーズンでリーグ優勝を果たした。いつも、いつも目立ちたがりのようだが、自分にとっても掛け替えのない大切な時にも「主役」を譲った。日本ハムを束ね、一体感をつくった。奇跡を呼んだ新庄選手の本当の人物像が、ドラマチックな舞台裏で垣間見えた。【高山通史】

2006年10月13日

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高山通史(たかやま・みちふみ)
 日刊スポーツ長野、新潟支局を経て02年入社。編集部。一般スポーツ、コンサドーレ札幌などを担当し、03年9月から日本ハム担当。高校3年夏の甲子園に出場して本塁打をマーク。新潟・小須戸町(現新潟市)出身。31歳。

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