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新庄カウントダウン

新庄イズムの継承者

 プレーオフ第2ステージ開幕(10月11日)が目前に迫り、2年前を思い出してみた。北海道への本拠地移転元年で、プレーオフにレギュラーシーズン3位で進出。その年に入団した新庄選手が原動力となり、「及第点」を付けられるほどチームを、そしてパ・リーグを、球界を盛り上げた。西武に1勝1敗で迎えた第3戦でサヨナラ負けを喫し、第1ステージで敗退。試合後、こんな総括をしていた。「本当に最高の試合ができた。プロに入って一番いいシーズンを過ごせたかな。すごく楽しかった」。

 現役ラストを最高の形で迎えている今回。新庄選手の個人的な問題として、「敗退=引退」という状況は前回とはまったく違う。当時は「プレーオフに入ってから打撃が分からなくなった。重圧かな」と話していた。そんなプレッシャーをさらに感じているのだろうと推察してしまう。誰よりも自分自身にプレッシャーをかけ、それを乗り越えて、数々の成功を収めてきている選手だと思うから。今回は平常心を貫こうとしても、気持ちの入り方は前回と比べ物にならないだろう。ただ「1人」で闘うのではない。

 周りにはサポートする、新庄イズムを吸収した選手がいる。2年前に敗退した直後は「負けたけれども必ず来年につながってくる。若い選手は相当、鍛え上げられたと思うし、いい経験になったと思う」と話していた。その通り、ハワイの自主トレで行動を共にし、朝食にお手製のスクランブルエッグをつくってあげていた森本選手が今季、急成長。1番に定着し、新庄選手本人がかすむほどの大活躍を見せ、今季の快進撃を支えてきた。

 東京遠征中の練習休日には渋谷で洋服の買い物を共にし、日ごろの食事など、ほぼいつも一緒。初対面だった日本ハム入団1年目の04年春季キャンプでは、自身の用具メーカー担当者への変更を進言するなど、新庄選手が「直感」で選んだ後継者だ。新庄選手の活躍にも、もちろん注目をしたい。だが3年間、たたき込んできた新庄選手の「遺伝子」は、勝負どころの真剣勝負でどう出るのか。森本選手=新庄選手としても、しっかりと目に焼き付けたいと思う。【高山通史】

2006年10月09日

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トラックバック時刻: 2006年10月12日 21:04


高山通史(たかやま・みちふみ)
 日刊スポーツ長野、新潟支局を経て02年入社。編集部。一般スポーツ、コンサドーレ札幌などを担当し、03年9月から日本ハム担当。高校3年夏の甲子園に出場して本塁打をマーク。新潟・小須戸町(現新潟市)出身。31歳。

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