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新庄カウントダウン

“フリーター”に転身宣言

h-bb-061028-0003.jpg札幌ドームのマウンド上で引退会見する日本ハム新庄(撮影・黒川智章)

 日本ハム新庄剛志外野手(34=SHINJO)が日本一から一夜明けた27日、札幌ドームで会見し“フリーター宣言”をした。プロ野球で17年間使ってきたグラブを前に「グラブが『もうプレーできない。もう限界』と言っている」と話した。今後について「いろんな仕事の話がくると思うけれど、楽しそうなやつを選びたい」と当面は「自由の身」で活動すると表明した。

 野球界でも芸能界でも、もちろん政界でもなかった。新庄が選んだ転身先は事実上の「フリーター」だった。4月に引退表明。注目の進路は…、もちろんサプライズだ。約6カ月たっても、まだ何も決めていなかった。「いろんな仕事の話がくると思うので、楽しそうなやつを選んでやりたい」「いろんなことをやって、またみんなを驚かせたい」。具体的なプランは、何も出なかった。

 大仕掛けの引退会見の舞台装置のように、壮大な夢を持っていた。この日は前夜、胴上げされた札幌ドームに登場。マウンドに藤井球団社長、プロ17年間を連れ添ったグラブとともに姿を現した。別れを告げる本拠地での、再登場プランを披露。「ここで歌う、コンサート。そしたらまた(ファンに)来てもらえると思う」。身の振り方が定まっていないにもかかわらず、新庄らしくスマイル全開の会見だった。

 きっちりとケジメをつけた。球団側は事実上は8月に慰留を断念していたが「選手」として最後の場を設定され、前夜は個別には応じなかった会見に出席した。質問の中心は進路に集中。参院選出馬の打診もあったが「今のところは無理でしょ。オレじゃ」とあっさり否定。野球評論家など定番コースは「いや、ないでしょう。オレがすると(放送禁止用語の)ピーばかり」と笑い飛ばす。注目の第2の人生の行方は、闇に包まれたままだった。

 ただ少しだけヒントは残した。「体力の限界はあっても頭の限界はない。頭のトレーニングをしていこうと思っている」。自らのアイデア、直感を生かした仕事を今後、選んでいくことになりそう。「ただユニホームを脱いだだけであって、新庄剛志は新庄剛志。これからもみんなをアッと驚かせることをやっていきたい」。サプライズを提供していく、これから生きていく根底になりそうだ。

 前夜、ラストイヤーに全力投球して完全燃焼して有終の美を飾った。アジアシリーズの出場を辞退することも正式に表明した。号泣の連続で、最後に本拠地で胴上げされた。独特表現の言葉に、やり遂げた充実感がみなぎっていた。「何とか北海道を盛り上げたい思いで種をまき、フロント、監督、選手と毎日一生懸命に水を与えて、その花の色はとても美しくてたくましい金色の花を咲かせたことが非常にうれしい」。重圧、注目からもすべてから解き放たれた。「少し休ませてよ」。本当に“自由”の身になって、新庄が次なるステージへスタートを切った。【高山通史】

 ○新庄のプロでの歩み

 ◇阪神時代

 ◆89年11月26日 ドラフト会議で阪神から5位指名を受け、入団。

 ◆91年9月10日 巨人戦でプロ初出場。代打で初安打、初打点をマークした。

 ◆95年12月19日 実力不足を理由に引退を申し入れるが、2日後に残留表明。

 ◆98年7月25日 横浜戦で通算100本塁打達成。

 ◆99年2月1日 キャンプで投手と二刀流に挑戦。

 ◆同6月12日 巨人戦で槙原の敬遠四球の球を左前に運び、サヨナラ安打。

 ◆00年7月20日 巨人戦で通算1000試合出場。

 ◆同10月30日 FA宣言の意向を表明。

 ◆同12月12日 米大リーグ最低年俸でメッツ入り。

 ◆同24日 元タレントの大河内志保さんと結婚。

 ◇大リーグ時代

 ◆01年4月3日 ブレーブスとの開幕戦で途中出場。初打席で中前安打。

 ◆同5月20日 ドジャース戦で日本人選手初のサヨナラ安打。

 ◆同8月3日 ダイヤモンドバックス戦で日本人選手初の4番。

 ◆同12月16日 ジャイアンツへ移籍。

 ◆02年5月17日 マーリンズ戦で日本人選手初の満塁本塁打。

 ◆同10月19日 日本人選手初のワールドシリーズ出場。開幕戦で中前安打。

 ◆同11月15日 ジャイアンツを自由契約に。

 ◆03年1月11日 メッツに移籍。

 ◆同6月28日 不振で初の3A降格。

 ◆同7月17日 メッツから戦力外通告。マイナー契約に変更。

 ◆同11月19日 映画のイベントで日本ハム入りを表明。4年ぶりの日本球界に復帰。

 ◇日本ハム時代

 ◆04年7月11日 球宴で史上初の本盗。史上3人目のセ、パ両リーグでMVPを獲得。

 ◆同9月20日 ダイエー戦の9回2死満塁でサヨナラ本塁打を放つも、一塁走者を追い越し、単打になる珍事。

 ◆05年6月5日 中日戦で日米通算200本塁打。

 ◆同11月8日 通算9度目のゴールデングラブを受賞。

 ◆06年4月18日 オリックス戦後に引退を表明。

 ◆同8月22日 楽天戦で日米通算1500安打。

 ◆同10月26日 初出場の日本シリーズで日本一に。

 ◆同27日 札幌ドームで引退会見。

2006年10月28日付 紙面から

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