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新庄カウントダウン

感涙!ファンへ背中の文字でメッセージ

h-sh-060928-4.jpgファンへのメッセージが書かれたTシャツを着た新庄(撮影・黒川智章)

<日本ハム4-1ソフトバンク>◇27日◇札幌ドーム

 最強だ! ファイターズ。最高だ! SHINJO。日本ハムが今季最終戦でソフトバンクを下し、レギュラーシーズン1位を決めた。今季限りで引退を表明している新庄剛志外野手(34=SHINJO)はこの日、初心に帰り阪神入団時につけていた背番号「63」でプレー。3打数無安打に終わったが、満員4万3473人で埋まった札幌ドームで1位通過を決め、試合後のセレモニーでは涙を流した。空前の混戦となったパ・リーグ上位は1位日本ハム、2位西武、3位ソフトバンクで決着。プレーオフは10月7日からスタートする。

 男は、何度も背中で物を言った。真っ暗になった札幌ドーム。1位通過を決めた余韻が残るホームグラウンドのど真ん中に、新庄がいた。引退セレモニー。帽子の上にのせていた17年間のプロ野球生活に連れ添ったグラブをそっと置き、ユニホームを脱いだ。黒いTシャツがあらわになると、背中の白文字でファンへメッセージを送った。生まれ故郷の博多弁だった。「今日、この日、この瞬間を心のアルバムに刻んで、これからも俺らしくいくばいっ!」。

h-sh-060928-1.jpg引退セレモニーでユニホームを脱いだ新庄はグラウンドにそっと置く(撮影・梅根麻紀)

 奇跡的でドラマチックな1日の始まりも、背中だった。背番号「63」のユニホームを着てグラウンドへ登場した。阪神入団時から3年間、背負った番号。約1カ月前に球団へ番号変更を申請し、この日に合わせパ・リーグにも承認された。「最後は63番でいくと決めていた」。その2時間54分後。チームメート1人ずつを両腕で何度も抱き締めた。セレモニー後は、大粒の涙をこぼした。

 04年。メジャーから日本球界へ復帰し、プレー経験がないパ・リーグを選んだ。以来、若手へプレー以外での意識改革を訴え続けてきた。自らが「赤」のように、稲葉には「ゴールド」、森本には「緑」、川島には「オレンジ」をトレードカラーにするようにアドバイス。プレー以外でも個性を出すように助言を続けた。小さな努力を積み重ねチームカラーも変えた。

 3年間の集大成が、この日に詰まっていた。新人武田勝が好投し、2年目ダルビッシュが完ぺきにつなぐ。野手では今季レギュラーに定着した田中賢が同点ソロで逆転勝ちの伏線をつくった。健康を気遣いプレゼントしたおそろいのゲルマニウム素材のブレスレッドを左手につけたヒルマン監督も絶妙なタクトを振るった。負ければ2位の可能性もあった大一番。グラウンドですべての強い個性を結集し、重圧をはねのけた。

h-sh-060928-2.jpg引退セレモニーを終えた日本ハム新庄は顔を覆いながら引き揚げる(撮影・梅根麻紀)

 本当にユニホームを脱ぐ日はチームメートに支えられながらまた延びた。「名古屋の人には悪いけどできれば甲子園でやりたい」。自身初、チーム25年ぶりのリーグ優勝、そして日本シリーズでの対戦相手に古巣・阪神を希望した。弱小球団と呼ばれたチームを変え、プロ野球未開の地だった北海道を日本で一番、熱い大地に変えた。

 まだ優勝していないにもかかわらず、フライング気味に行ったビール掛け。新庄ははしゃぎまくる仲間を尻目に「途中退場」した。まだ先がある。まだ日本シリーズを含めれば2度できる。セレモニー後、無言で去りながら大型ビジョンの直筆メッセージで誓った。「残りわずかな野球人生 明るく楽しく、白球を追いかけることを今日この日、みんなに約束します 新庄剛志」。ミラクル・イヤーの完結には、まだ続きがある。【高山通史】

2006年09月28日付 紙面から

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