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新庄カウントダウン

ヒーローインタビューで現役引退を表明

h-sh-060419-1.jpg2回裏日本ハム無死、新庄は左越えに本塁打を放ちスタンドに深々とおじぎする(撮影・山口貢)

<日本ハム10-4オリックス>◇4月18日◇東京ドーム

 日本ハム新庄剛志外野手(34=SHINJO)が、衝撃的に現役引退を表明した。18日のオリックス戦(東京ドーム)で2本の本塁打を放った新庄は、ヒーローインタビューのお立ち台で自らマイクを取り、今シーズン限りでユニホームを脱ぐ、と発表した。2回のソロ本塁打には「28年間思う存分野球を楽しんだぜ。今年でユニホームを脱ぎます打法」と命名、7回には通算192本塁打となる3号満塁弾も放った。「ユニホーム姿を目に焼き付けてほしい」。阪神で人気者、突然のメジャー行き、そして北海道へというサプライズ野球人生。締めくくりも新庄劇場だった。

 ベンチの奥で目頭を押さえていた。新庄が涙をぬぐい、お立ち台へ歩きだす。テレビカメラの放列に背中を向けた。約5秒。覚悟を決めると、振り向き自らマイクを取った。右手を帽子のつばに当ててスタンドへ敬礼する。総立ちのファンへの一声はちょっとふるえた、くぐもった声だった。

 新庄「ええ。今日、ヒーローインタビューという最高の舞台で報告したいことがあります。タイガースで11年、アメリカで3年、日本ハムで3年…。今シーズン限りでユニホームを脱ぐことを決めました」。

 さよなら…は、突然だった。2回の第1打席の初球。豪快な今季2号ソロを左翼へ放つ。広報を通じて発表する恒例の打法命名は「28年間思う存分野球を楽しんだぜ。今年でユニホームを脱ぎます打法」。引退宣言だった。行動もおかしかった。本塁打を放ち、ホームインするとベンチを素通り。熱狂する右翼席方向へと向かった。ヘルメットをとり、深々と応援団に一礼した。守備位置に就くと、また同じように頭を下げた。コメントはテレビ、インターネットなどが速報した。7回、自身7本目の満塁弾を中堅右へ打ち込むと、また右翼席へ向かって頭を下げた。帽子をかぶって崩れた髪形は今まで絶対に見せなかったものだ。試合中に初めて計3度「脱帽」した。新庄の“異変”に気付いていた1万2000人観衆はスタンディングオベーションで迎えた。

 引退を決意したのは3月25日の本拠地開幕戦の楽天戦の直後だった。4万2000人の超満員のスタンドを初回から9回まで見詰めていた。「球場が満員。オレの夢がかなった。開幕戦で4万3000人来てくれて、自分の仕事は終わり、と」。今月上旬に、専属の荒井広報にはそっと伝えていた。命名した打法で“引退宣言弾”を準備していた。早ければ開幕翌日にも、決意を明かそうとしていた。「そう思いつつ、なかなかできなかった。(この日は)まさに初球。オレらしいでしょ」。有言実行した。

 引き際の「美学」を貫いた。プレーに限界を感じていたことを明かした。「自分で捕れると思った打球がワンバウンドしたり、スローイングでも刺せなかったり…。いっぱい、いっぱい。まっすぐ1本で狙って詰まったり、振り遅れたり…」。実は2年契約が切れたオフの契約交渉でシーズン中盤以降を右手の故障で棒に振り、進退について悩んでいた。球団との交渉の席で「一番いい形でユニホームを脱げることを考えている」と話し、すでに自らでゴールを設定していた。

 すでにこの日の試合前、たとえ1発を打てなくても、荒井広報にヒーローインタビューに立つと予告していた。

 「ホーム球場だからここで打たないと意味がない。プロ初出場? 代打だったなあ」。阪神へ入団して2年目、91年9月10日巨人戦で代打でプロデビュー。その思い出の東京ドームで-と、心を決めていた。だから、バットをブン回して打ちにいった。ファンを引きつけてきた不思議な魅力で放った2本塁打だ。

 注目を浴び、走り続けてきたプロ17年目の今季限りでグラウンドから去る。「ホッとしました」と本音を話し、笑顔を見せた。最後に、少しわがままを言った。「もう打法はこれで終わり。これから先はほったらかしにして欲しい。自由にしたい」。会見を終え深夜、ホテルへと続く地下通路。「(きょうの試合で本塁打)もう1本、打ちたかったなあ」。辞めると決めても、まだ上を見ていた。新庄がここまで走り続けてきた、証しだった。【高山通史】

2006年04月19日付 紙面から

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