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新庄カウントダウン

サヨナラ満塁弾のはずが…

h-sh-040921-1.jpg9回裏日本ハム2死満塁、新庄はサヨナラ打を放ちジャンプでナインの輪の中に

<日本ハム13-12ダイエー>◇20◇札幌ドーム

 やっぱり、野球は楽しい。日本ハム新庄剛志外野手(32=SHINJO)が20日、本拠地札幌ドームでのダイエー戦で幻のサヨナラ満塁アーチを放った。3点差を追い付いた9回裏2死満塁で、左中間にたたき込んだ。一塁走者の田中幸に抱きつかれ、走者追い越しで単打になったが、価値ある打点を挙げチームをプレーオフ進出に大きく近づけた。試合前には「秘密戦隊ゴレンジャー」のマスクをかぶってノックを受け、4万2000観衆を喜ばせた。2日間の史上初のストライキから公式戦が再開されたこの日、セ・パ6試合に計20万6500人の観衆が詰め掛けた。

 ズッコけても、ヒーローはヒーローだ。新庄が両腕を大きく広げながら、一塁ベースを駆け回った。ダイヤモンド上で飛び跳ねた。3点差を追い付いた9回、なおも2死満塁。ダイエー三瀬の初球143キロ直球をとらえた。左中間席へ飛び込む完ぺきな“サヨナラ満塁本塁打”だ。ドラマにもないような、絵に描いたような演出、となるはずだった。

 誰にもまねできないようなオチがついた。一、二塁間で一塁走者の田中幸と抱き合い、アウトを宣告されてしまった。記録は単打で打点は1。しかし試合後、自ら抱きついた田中幸に謝罪されても「いいんです。何言っているんですか。勝ったんだから」。小さなことにはこだわらない。お立ち台で珍しく声を上ずらせながら、何度もガッツポーズを連発して絶叫した。

 新庄「今日のヒーローは僕じゃありません。(観衆の)みんなです。ヒーローになりたい、ヒーローになりたい。それだけでした」。

 プロ野球が当たり前に行われる。そして、予測できない劇的ドラマが生まれる。今季最多4万2000人の観衆が待っていた、歴史的なストライキ明けのこの日。観ていて幸せすぎるほどの野球を、ファンと一緒になって演じた。

 試合前のシートノック。黄色いかぶりものをして、思い切り走り出した。赤、青、緑、桃色。同じようないでたちの外野手4人と守備位置に就き、ノックを受けた。「子どもたちのために」と考えた、粋なパフォーマンスだった。ちびっ子のヒーロー「秘密戦隊ゴレンジャー」を結成。マスクの小さなのぞき穴から見えるファンの顔は笑っていた。「おととい、昨日と試合できなくてゴメンJoy」。新庄もマスク下で白い歯をこぼしていたに違いない。今季3度目の〝コスプレ守備練習〟。その姿は「正義の味方」でなく「ファンの味方」だった。

 高校入学時から「甲子園」と口にすることなく、ずっと「オレはプロになる」と言い続け、チームメートを驚かせた。小さなころからあこがれていた世界が、史上初のストライキで2日間の空白を生んだ。4月に、ある遠征先のホテル自室の前をファンに占拠されたことがある。選手食堂を利用できず、ルームサービスで独りさびしく食事した。嫌な思いをしたこともあるが「最後は鳥肌が立った」ほどのファン熱が、背中を後押ししてくれた。

 4点を追う4回には、新垣の変化球を左中間スタンドへ運んだ。追撃22号ソロ。恒例の打法ネーミングも必死だった。「コメントなんかしてる場合じゃない打法!」。事前告知したパフォーマンスの効果もあり、超満員のファンから球場を揺るがすスタンディングオベーションを受けた。「観衆? 6万くらいかな」。おどけた中に、うれしさがにじみ出ていた。最後も締めた。「明日(21日)も勝つ!」。汚れかけた球界は、子どもたちの夢の世界。日本プロ野球のヒーローは、これからも、どんな困難にも打ち勝っていく。【高山通史】

2004年09月21日付 紙面から

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