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新庄カウントダウン

引退発言から一転、おわび会見

o-sh-951206-1.jpg新庄は「センスがないから野球を辞めたい」と発言し、引退騒動に発展。しかし後に残留を宣言

 退団を表明していた阪神の新庄剛志外野手(23)は21日、一転、残留となった。19日の交渉で「センスがない」と退団を申し入れていたが、この日の交渉ではフロントもびっくりの短時間での変心。理由は郷里・福岡で病に伏す父英敏さん(53)への「ユニホーム姿を見せることが一番の薬」というものだった。この日の契約更改交渉で600万円減の4900万円で更改したが、チームメート、ファンの心情を逆なでする形での騒動は終わったわけではなく、今後にしこりを残した。

 頭を下げる新庄に、無数のフラッシュが降り注ぐ……。「この件に関して、球団、ファンの方々に心配をおかけして申し訳なく思っています。深く反省しています。すみませんでした」。

 衝撃的な結末だった。球団広報の言葉に、報道陣がどよめいたのは交渉スタートから1時間35分が経過した午後6時35分のこと。わずか2日前に打ち明けた“固い決意”を覆して、新庄が阪神に残留することになったのだ。

 広報担当に促されて会見に姿を見せた新庄は、下唇をかみしめたまま中央のイスに座り、翻意に至った経緯を説明した。

 「僕が一番最初に相談したのが父親であって、その時、“自分の人生は自分で決めるもの。他人に左右されたら後で後悔する”という答えが返ってきました。だから、一昨日(19日)の会見で言ったことは自分で決めたつもりだった。センスがないから野球をやめたい、というのは本当の気持ちです。でも父親の体の問題を知って……、相当悪くて……。こういうふうに野球をやめることに対して責任を感じ、考え直したんです」。

 19日の会見後、新庄は福岡市内の実家に電話を入れ、球団に引退を申し入れたことを説明した。そこで母文子さん(51)から英敏さんの病気のことを初めて知らされた。今回の騒動がボッ発してから、英敏さんは強い耳なりに襲われるようになった。病院で精密検査を受けても原因は不明。分かったのは精神的なもの、つまり今回の騒動で心を痛めた心労が原因だった。

 「ユニホームを着ている姿を見せるのがオヤジへの一番の薬だと思ったんです。自分の人生どうこうじゃなく、命にはかえられませんから。今日はサインするつもりでした」。英敏さんの病状はふつうに考えれば命にかかわるほどのものではない。が、そこは親子。まして自分の行動が原因と言われれば、他人が考える以上に深刻に受け止めたとしても無理はない。

 球団事務所に向かう前、新庄は「少しでも早く安心させてやろう」と阪神残留の意思を電話で告げ、交渉の席へ。そして5分後、あっさりと契約書にサインした。交渉終了後、三好球団社長、そしてハワイから帰国した足で駆けつけた藤田監督とも15分の会談をもった。新庄は監督との確執をあらためて否定した上で、「いろいろご迷惑をおかけしましたと言いました。監督からは、一緒に頑張っていこうと言っていただきました」と監督に謝罪もしていた。

 「今後? 応援してくださるファンの方々のためにも、今まで以上に頑張るしかないと思っています」。だが、新庄の神妙な顔はこれからも続く余波を物語っていた。 【吉富康雄】

1995年12月06日付 紙面から

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