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<title>コラム_MLB：鉄矢多美子「Field of Dreams」</title>
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<title>レイズ躍進の要因は「お金で買えない何か」</title>
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<summary type="text/plain">　ヤンキースのＡ・ロッドとジーター、２選手分の年俸で、球団全体がまかなえるという...</summary>
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<![CDATA[<p>　ヤンキースのＡ・ロッドとジーター、２選手分の年俸で、球団全体がまかなえるという、そんなスモールマーケットのタンパベイ・レイズが球団創設１１年目で悲願のポストシーズン進出を果たした。</p>]]>
<![CDATA[<p>　ヤンキース、レッドソックスという、いわばお金にものを言わせて選手集めをする傾向にあるチームとは対照的に、球団バジェットはメジャー３０球団中の２９位。だが「このチームにはお金で買えない何かがある」。こんな言葉が選手の口から聞こえてくる。</p>

<p>　９月５日にメジャーデビューを飾り、新人離れした活躍を続けているフェルナンド・ペレスが言う。「このチームを構成しているのは能力とチームワーク。安定したピッチング。それにだれも飛び出ない。スーパースターのみの活躍を期待されているわけでもない。みんな一緒。じゃまな性格の持ち主もいない。フィールドからおりても、みんな普段と同じ。ここでプレーできることは本当に心地いい」。新人のこの言葉が、今のレイズのすべてを言い表しているのではないだろうか。</p>

<div><img alt="perez.jpg" src="http://www5.nikkansports.com/baseball/mlb/tetsuya/perez.jpg" width="258" height="350" /></div>

<p>　どこかで聞いたような選手たちのセリフ、どこかで感じ取ったような家族的な雰囲気のクラブハウス…。それは、同じスモールマーケットのミネソタ・ツインズのそれとそっくりだ。多くの選手たちがマイナー時代から「同じ釜の飯」を食べ、まるで家族のように育ってきただけに、メジャーに昇格してからも仲がいい。お互いの苦労を知っているから相手を思いやれるし、他球団からの移籍選手との協調性を欠くこともない。「チームワーク」や「絆」はこうしたところから生まれてくる。</p>

<p>　「こんなに気が落ち着くクラブハウスがあるのだろうか。ルーキーもベテランもすぐに家族の一員になれる」。自宅を出て球団にくればそこには「もう１つの家」クラブハウスがあり、大勢の家族でにぎわっている。その大勢の家族は我々のような来客（メディア）までも快く受け入れてくれるのだ。球団創設からこれまでの１０シーズンはレイズと同じディビジョンのヤンキース、レッドソックスという、いわゆる金満球団の前に撃沈してきたが、今季は「絆」が「お金」に打ち勝ったと言えるのではないだろうか。</p>

<p>「お金で買えない何か」。口ぐちにそういうレイズの選手たちは、お金より大切なものがあることをしっかりと証明して見せた。</p>

<p><strong>※写真はフェルナンド・ペレス（０７年撮影・加藤哉）</strong></p>]]>
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<title>第２０４幕　女の勘的中！大ブレークの新人サンドバル</title>
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<modified>2008-09-11T06:41:18Z</modified>
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<summary type="text/plain">　マイナーリーグを歩いていると「この選手はきっとメジャーでブレークする」、そんな...</summary>
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<![CDATA[<p>　マイナーリーグを歩いていると「この選手はきっとメジャーでブレークする」、そんな胸騒ぎを覚える選手に遭遇することがある。筆者は野球の技量を見る特別な目を持っているわけではないから、選手のスキルでそれを判断することはできない。では、何を基準に判断しているのかと言われれば、根拠のない「直感」つまり「女の勘」だけだ。当然ながらそれはアテにはならない。<br />
</p>]]>
<![CDATA[<p>　だが、今季はその根拠のない直感が大当たりした。８月１４日にメジャービューを果たしたジャイアンツのパブロ・サンドバル（２２）だ。春キャンプで見かけた時から、わけもなく胸騒ぎを覚えた若者だったが、早々にマイナー送りになり、シーズン当初はサンノゼ・ジャイアンツ（１Ａ）で迎えた。シーズン開始後、彼の様子を覗きに行こうと思った時には、すでにサンノゼからコネチカット・ディフェンダーズ（２Ａ）に昇格していた。</p>

<p>　このあたりから胸騒ぎも尋常ではなくなり、思い切ってコネティカットに飛ぶことにした。「あれ～。何でこんなところまで？」。７月末、いきなりの訪問にサンドバルは首をかしげて不思議がった。２Ａに合流するなり４番を任され、そこでも打棒爆発。「今季中にメジャーに行くのではないかと思ったから、マイナー時代の姿を目に焼き付けておこうと思って」と言うと「今季は無理かもしれないけど、来季中に何とかメジャーリーガーと呼ばれるようになりたい」と言っていた。</p>

<p>　彼を訪ねた理由はもうひとつあった。スイッチヒッターである上に、左右両手で投げる特技を持っていて、いつかそれを実際に見てみたいと思っていたのだ。テレビの企画と相まって、それを実演してもらうことにした。ホームプレートから二塁まで、左右両方で投げても何ら変わることなく正確に送球できた。それを目の当たりにして驚く筆者をよそに「子供のころ投手をしていて、左右で投げていたから、両手で投げるのは全く問題ないんだ」と涼しい顔。</p>

<p>　このとき、２Ａのフィゲロア監督に「メジャーに一番近い選手は？」と聞くと、真っ先にサンドバルの名前を挙げた。３Ａを飛び越して彼がメジャーに昇格したのはその３週間後だった。マイナーでは主に三塁と一塁を守っていたが、昨年、捕手にコンバートされた。ジャイアンツでは正捕手モリーナの代わりとしてマスクをかぶることもあるが、そのリードぶりはとても２年足らずの経験しかないとは思えない堂々たるものだ。メジャーでの打撃も、８月１４日から９月１０日（日本時間１１日）まで２４試合に出場し９１打数３０安打３割３分、本塁打２、打点１４と新人らしからぬ活躍を見せている。</p>

<p>　春キャンプで「こいつは何か持っている」という胸騒ぎを覚えて以来、あれよ、あれよという間に１Ａから一気にメジャーへの階段を駆け上っていったサンドバル。女の勘が的中したことに加え、そのあまりの速い昇格のテンポについていけず、胸騒ぎを通り越し、息切れを起こしそうな興奮にさえとらわれている。</p>]]>
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<title>第２０３幕　大健闘レイズにもいた！？世界のナベアツ</title>
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<summary type="text/plain">　レッドソックス、ヤンキースなど強豪ひしめくア・リーグ東地区で、レイズが大健闘を...</summary>
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<![CDATA[<p>　レッドソックス、ヤンキースなど強豪ひしめくア・リーグ東地区で、レイズが大健闘を見せている。オールスター前に一時首位を明け渡したものの、後半戦に入ると、すぐにその座を奪い返した。レッドソックスの追い上げにあっているが、現在も首位を死守している。クラブハウスをのぞいてみると、メディアから逃げまくる傾向にあるヤンキースの選手たちとは対照的に、レイズの選手たちは実にフレンドリーで、インタビューにもとても気さくに答えてくれる。<br />
</p>]]>
<![CDATA[<p>　その中でもきわめてノリノリなのがＪ・Ｐ・ハウエル投手だ。今季から中継ぎにまわり、特に６月以降は相手チームにつけ入る隙を与えない完璧なパフォーマンスで、チームを上昇気流に乗せる大きな役割を果たている。チームのＭＶＰとまで言われている、その彼が「３」という数字に尋常ではないこだわりを持っていることを耳にした。ついにはチームが発行するファン向けの雑誌にまで、そのこだわりを「暴露」され、今ではみんなが知るところとなったらしい。</p>

<p>　本当に「３」という数字にクレージーなの？　と聞いてみると…。</p>

<p>　「そうさ。僕は３が大好きなのさ。３アウト。３ストライク。リリーフ投手だから１回で３人料理できれば最高じゃない？　３は僕にとってとても大事な数字なんだ」。そう言って胸を張るハウエルだが、彼のこだわりは、この先が常軌を逸していた。なんと、投板時には、アンダーシャツ３枚、ソックス３枚、パンツも３枚と、あらゆるものを３枚ずつ身につけてマウンドに上がるというのだ。</p>

<p>　「３」に対するこだわり…を聞いた時、なぜか筆者の頭の中には「３の倍数と３が付く数字だけアホになる」という芸で大人気の「世界のナベアツ」のイメージがかけめぐった。そこで、ハウエルに日本に「３」にこだわって大ブレークしているコメディアンがいることを話すと、我が意を得たりとばかりに「ホラ、そうでしょ！　３にこだわるといいことが巡ってくるという証拠なんだよ」と得意満面な表情になった。</p>

<p>　まだ見ぬ「世界のナベアツ」にも興味津々の様子で「僕の背番号は３の倍数（３９番）。３にこだわると、何かいいことがあるってことを日米両方で証明できたよね」。９月３日まで５４試合に登板し６勝０敗２セーブ。防御率２・５９。７６・１イニングを投げ、７９奪三振。リリーフ投手として最高の働きを見せている。日本ではストライクアウトを「サンシン」と言ってそれにも「３」がつくことを伝えると大喜び。「レイズのなべあつ」は、ますます「３」にこだわりながら、ペナントレース最終章の戦いに挑む。</p>]]>
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<title>第２０２幕　国民、監督、選手一丸の証し、韓国「金メダル」</title>
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<modified>2008-08-27T09:28:52Z</modified>
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<summary type="text/plain">　北京五輪で見事「金メダル」に輝いた韓国の野球代表チームに、心から称賛を贈りたい...</summary>
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<![CDATA[<p>　北京五輪で見事「金メダル」に輝いた韓国の野球代表チームに、心から称賛を贈りたい。<br />
　思えば、メダルに手が届かなかった日本とは戦う前から明らかな温度差があった。８月初旬、訪れた韓国で見た彼らの全力を出し切ったプレー、国民の熱。まだオリンピックが始まってもいないのに、練習試合で熱狂的な応援に終始するファン。取材中の新聞記者までもが、１本のヒットで記者席から立ち上がって拳を突き上げる。筆者はこのとき、何でここまで熱くなるの？　と不思議に感じたが、韓国の北京五輪はもうそこから戦闘モードに突入していたのだ。<br />
</p>]]>
<![CDATA[<p>　北京に発つ直前、韓国代表チームは８月６日にソウルで行われたキューバとの練習試合で１５対３と圧勝した。キム・ギョンムン監督は鋭い当たりが出てきたチームに「このいいムードを保ったままオリンピックで戦いたい」と言った。それが練習試合だったとはいえ「王者」キューバから１５点も叩き出したことで、国民のボルテージは一層上がり、若い選手が多い韓国にとって、大きな自信とモチベーションアップにつながったことは言うまでもない。</p>

<p>　このときキム監督は北京での作戦についての質問に、次のように語ってくれた。「ＷＢＣの際のチームと比べ、オリンピックチームは若い選手中心のため、力が落ちている。したがって（予選リーグで）日本、アメリカ、キューバなどの強豪国に競り勝つ作戦より、それらの国より実力が下の中国、台湾、オランダなどからまず着実に勝って、決勝リーグに駒を進めるということを第一の目標として考えている」。</p>

<p>　そして対日本戦に関しての質問には「日本は戦力においても環境においても、整っているチーム。できるなら今の日本のレベルを追い越せるように、いい試合を繰り返したい。若いチームだけに、乗ってきたら力以上のものを出してくれる。そのためにもイ・スンヨプの加入は大きなプラス。チームの要として活躍してくれることを望む。だが、周囲があまり期待をかけすぎたら、プレッシャーになるから、あくまでも全員野球の姿勢を崩さないでいたい」。</p>

<p>　たしかにキム監督が言っていた通り、韓国は予選リーグを「着実に勝ち抜き」、決勝リーグまで「全員野球の姿勢」を崩さなかった。そしてここぞという時、イ・スンヨプが値千金の活躍を見せた。まさに指揮官が描いていた筋書き通りの戦い方ができたのだ。オリンピックのような短期決戦ではチームの団結力が大きく物をいう。短期間で若い選手の多いチームの結束力を導き出したのは「監督力」と言える。</p>

<p>　日本ではストライクゾーンや選手宿舎の問題などが取りざたされているが、それは「メダル」をとりこぼした敗者の弁にすぎない。ナショナリティーの違いこそあれど、国民の燃えたぎるような熱い思いで後押しされた韓国チームは、一丸となってそれを戦うエネルギーへと転化して行った。そんなムードの中にあっても、地に足のついた作戦を忘れなかったキム監督。国民、指揮官、選手が一つになった勝利の証。それが韓国の「金メダル」だった。</p>]]>
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<title>第２０１幕　大記録は途切れても…ジーグラー投手</title>
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<modified>2008-08-15T07:33:49Z</modified>
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<summary type="text/plain">　北京オリンピックの連日の熱戦に、このところのメジャー野球は少々陰が薄くなった感...</summary>
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<![CDATA[<p>　北京オリンピックの連日の熱戦に、このところのメジャー野球は少々陰が薄くなった感がある。そんな折、大変な記録が生まれ、そして途切れた。５月３１日にメジャーデビューを飾って以来、新人の無失点記録を更新し続けていたアスレチックスのブラッド・ジーグラーが、３０試合目の登板となった８月１４日のレイズ戦でついに失点。無失点記録が３９回３分の１で途切れた。<br />
</p>]]>
<![CDATA[<p>　それでも、メジャーデビュー以来の新人無失点記録を１０１年ぶりに更新するなど、この２カ月半あまりの活躍には目を見張るものがあった。ジーグラーがそんな快進撃を続けている最中、どれだけ記録を意識しているかを聞いてみた。すると「新記録が作れたらそれはそれで嬉しいし、それが途切れたり破られたりしても、それだけのことだ。自分にがんばったなと言い聞かせ、すぐに次の試合の事を考える」。いたって冷静な態度でそう答えた。</p>

<p>　こんな大仕事をやってのけているのに、決して弾け出る感情や喜びを見せない。確かに時々嬉しそうな表情はするが、心は決して浮かれていないのだ。それを単なる「性格」としては片付けられないものを感じた。そして彼のプロファイルに目を通したときのことを思い出した。２００３年にドラフトでフィリーズに入団。しかし２００４年の春キャンプ終盤に解雇されている。「（フィリーズでは）チャンスがもらえないままだった」。そんな過去の苦い経験が、感情を抑える要因になっているのだろうか…。</p>

<p>　フィリーズを解雇された後は、独立リーグでプレーした。「僕はもう１度チャンスが欲しかった」。そんな思いがかなえられる日がやってくる。アスレチックスのスカウトの目に留まり、２００４年６月にマイナー契約にこぎつけることができた。「オークランドが契約をオファーしてくれたときは、本当にうれしかった。このチャンスを逃したくない」と心に誓い、再びメジャーを目指すことになる。</p>

<p>　それから４年間のマイナー暮らしが続くが、アスレチックスの投手陣の故障などもあって、チャンス到<br />
来。この５月３１日、ついにメジャーデビューの日を迎えることになった。「あまり緊張はしなかったけど、マウンドに行くとき転んだりしたらどうしようと思っていた」と、その日を振り返る。メジャーで最初に対戦したレンジャーズのイアン・キンスラーにヒットを打たれたが、その後は無失点。そこから記録が続くことになるのだ。</p>

<p>　日本人選手との対戦はレイズの岩村が初めてだった。「いいバッターで気が抜けない」。１４日の試合では、くしくもその岩村が記録を破るきっかけの安打を放ち、後続選手の二塁打で生還。ジーグラーの記録を断ち切るきっかけを作った。「記録は破られても、対戦相手にヒットを許して、チームが試合に負ける方がイヤ」。その願いもむなしく、この日の試合は延長１２回でレイズが競り勝った。</p>

<p>　「記録というものは、いつかは破られるもの。それより故障者が戻ってきてもメジャーで投げられる自分でいたい」。ジーグラーは新記録樹立より、あくまでもメジャー定着を目標に掲げていた。</p>]]>
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<title>第２００幕　地球１周、３万5000キロ野球の旅</title>
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<modified>2008-08-04T15:13:02Z</modified>
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<summary type="text/plain">　７月初旬に日本を出て地球を１周した。成田からアムステルダム、アメリカの都市を１...</summary>
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<![CDATA[<p>　７月初旬に日本を出て地球を１周した。成田からアムステルダム、アメリカの都市を１カ月まわって、３万５０００キロあまり。日本に立ち寄らず韓国に向かう機内でこのコラムを書いている。ニッカンスポーツコムで回を重ねること２００回。時には更新が遅れ、身の上に何か起こったのではないかなどと心配してくださる方もいて、そんな多大なご迷惑をおかけしながら、区切りの回を迎えることができた。<br />
</p>]]>
<![CDATA[<p>　さて、アメリカから韓国までの１２時間あまりのフライトの機内で、この１カ月の出来事を振り返ってみた。まず、オランダでキューバナショナルチームの選手たちと共に過ごした１週間は、楽しくもあり、複雑な思いにもさせられた。</p>

<p>　彼らが使っているグラブを見ると、ひび割れたもの、一昨年のＷＢＣで相手チームの選手にもらったもの、くたくたになってこれでよくやっているなあと思えるものなどなど、さまざまだ。せめてと思い代表選手分のグラブをＳＳＫに協力してもらって特別に作成してもらった。北京では使用できないまでも次のＷＢＣには使えそうだ。真新しいグラブを手にした選手たちは、初めてグラブを買ってもらった少年のような弾ける笑顔をしていた。</p>

<p>　アメリカに入ると、ＭＬＢの試合はもちろん、３Ａのオールスターゲーム、２Ａの試合も見る機会に恵まれた。メジャーがすぐそこに見えている選手や、長くマイナー暮らしが続いている選手など、これまたさまざま。そんな中、５月３１日にメジャーデビューしたオークランドの、ブラッド・ジーグラー投手がデビューからの無失点新記録を１０１年ぶりに更新した。フィリーズのマイナーを解雇され、独立リーグから再起を図った苦労人。記念のボールを大事そうにかかえて帰る後姿に、それまで彼の名前すら知らなかった自分が恥ずかしくなった。</p>

<p>　西海岸ではアメリカのオリンピックチームの集合日に顔を出した。３Ａ、２Ａの取材で出会った旧知の選手の顔もあって、彼らがオリンピックの舞台に登場するのだと思うと、日本のことを忘れて思わず「がんばってね」と声をかけてしまった。取材の帰り際、ＵＳＡチームのジョンソン監督に「キヲツケテネ」と日本語で言われた。世界中を飛び回っている無謀な行動が見抜かれているようで、そこには多少の動揺を覚えた自分がいた。</p>

<p>　サンディエゴでは、６月に右鎖骨を負傷し故障者リスト入りしていた井口がおよそ２カ月ぶりにメジャーに復帰、元気な姿を見せてくれた。同じ日、右中指のじん帯を痛めていたジャイアンツ藪もチームに合流。ちょっとほっとした気分でアメリカを後にした。こんなことを書いている間に飛行機はインチョン空港に着いた。韓国ではオリンピック直前の韓国、オランダ、キューバが最後の仕上げを行っている様子を覗くつもり。さあ、取材だ。またここから３万５０００キロの旅の続きが始まる。</p>]]>
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<title>第１９９幕　悲喜こもごも…それぞれのオールスターブレイク</title>
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<modified>2008-07-28T03:18:49Z</modified>
<issued>2008-07-28T03:14:42Z</issued>
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<summary type="text/plain">　先のオールスターゲームに出場した選手たちの栄誉は、どれほどのものか計り知ること...</summary>
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<![CDATA[<p>　先のオールスターゲームに出場した選手たちの栄誉は、どれほどのものか計り知ることはできない。いまだにオールスター帰りの選手たちには、関連の質問が飛び交い、実況放送でも、出場した選手たちのプレーにはオールスター出場の際の話題が盛り込まれているほどだ。では、このオールスターに出場しなかった者は…といえば、３、４日のわずかなブレイクを利用して、「故郷」へと足を向けた選手が多かった。<br />
</p>]]>
<![CDATA[<p>　父親の病気を理由に引退をも考えたという、ペドロ・マルティネス（メッツ）はこの期間、ドミニカ共和国に帰り、病床の父パブロ・ハイメさん（79）を見舞ってきた。しかし、そのわずか１０日後、父が他界。オールスターブレイクが最後の対面となった。自身も肩痛などを繰り返し、満足いく投球ができる状態ではなく、父親の他界を機に自らの現役生活にも幕を引くのではないかという憶測が飛び交っている。</p>

<p>　一方、同じドミニカ共和国出身のロビンソン・カノ（ヤンキース）は、故郷に戻って、打撃改善に取り組んできた。元メジャーリーガーだった父親とマンツーマンで練習してきた成果が現れ、オールスター後の８試合（２６日まで）で、３５打数１８安打３ＨＲ１０打点と、それまでとはまるで別人のような大爆発を見せている。数日間のブレイクが後半戦のブレイクを呼んだ。</p>

<p>　前半戦を７連敗で終わり暗いムードが漂っていたタンパベイ・レイズも同様に、このブレイクがそんな悪いムードを払拭するいいきっかけになった。この１０年間で最下位が９回と、すっかり「負け犬根性」がしみついてしまったレイズだったが、今季はレッドソックス、ヤンキースなどとの対戦でも優位に戦い、１位を走るほどチーム状況が向上してきた。しかし、せっかくの１位を前半戦最後の７連敗でレドソックスにあけ渡して、オールスターブレイクに突入していたのだ。</p>

<p>　もしや、これまでのように、このままズルズル定位置に下がってしまうのではないかという懸念もあったが、後半戦の蓋が開くと、しっかり１位を取り戻すなど、強いレイズがよみがえってきた。「チームのリフレッシュのためオールスターブレイクは、本当にいいきっかけになった」と、ジョー・マドン監督も、この期間の数日の休暇が、チームに再び戦うエネルギーをもたらしたことを歓迎している。</p>

<p>　父親との最後の別れの時を過ごしたマルティネス。別人のように変身したカノ。チームがよみがえるきっかけになったレイズ。悲喜こもごも。それぞれのオールスターブレイクを経て、後半戦、ゴールへ向けての熱い戦いが繰り広げられている。</p>]]>
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<title>第１９８幕　野茂英雄　引退の報に触れて</title>
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<modified>2008-07-18T11:20:55Z</modified>
<issued>2008-07-18T11:16:45Z</issued>
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<summary type="text/plain">　オランダで行われたハーレム大会の取材を終え、北極圏を越えてアメリカに入ったばか...</summary>
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<![CDATA[<p>　オランダで行われたハーレム大会の取材を終え、北極圏を越えてアメリカに入ったばかりのタイミングで「野茂引退」の報に触れた。くしくもオランダでは、キューバ・ナショナルチームの監督アントニオ・パチェコ、打撃コーチのオレステス・キンデランの２人から「今、野茂はどうしてるの？」と聞かれたばかりだった。昨秋ベネズエラのウインターリーグに参加し、今季はメジャーを目指していたことなど、今なお現役続行に思いをつないでいるという話をしたばかりだった。<br />
</p>]]>
<![CDATA[<p>　キューバの通算安打記録を持つパチェーコと、本塁打記録を持つキンデラン。加えて３冠王のリナレスというキューバが世界最強街道を突っ走っていた時代の、恐怖のクリーンナップにとって、これほど深く彼らの胸に刻まれている投手はいないのだという。理由は変則投法やフォークだけではない。世界が恐れる強打者たちに、どんなときにも真っ向から勝負を挑みかけてきた、その気概と気迫に彼らは魅了されていたのだ。</p>

<p>　現在のキューバ・ナショナルチームの選手たちに、オリンピックがらみで「日本の選手で要注意な選手は？」を聞いた時も、約半数ほどが野茂の名前を挙げてきた。オランダ・ナショナルチームの選手たちの数人からも同様の答えが返ってきた。野茂と対戦した経験を持たない彼らの中に、それほど「ＮＯＭＯ」という投手名が深く、鮮烈に刻まれ続けていることに、今さらながら驚いた。</p>

<p>　あのバリー・ボンズも同様で、野茂とイチローに関する質問には、とたんに饒舌に答えるが、他の日本人選手に関しては「よくわからない」「まあ、いいんじゃない？」など適当なコメントしかせず、あまり関心を示すことはなかった。野茂がメジャーで最初にバッテリーを組んだマイク・ピアザ（今年引退）も「彼のボールを受けるのはすごく楽しかった」と常々語っており、それほどメジャーの「猛者」たちの心を突き動かしてきた。</p>

<p>　２００１年のレッドソックスの春キャンプの際、だれもいなくなったロッカールームで野茂にインタビューさせてもらったことがある。そのとき「日本は野球選手の受け皿がなさすぎる。受け皿を作り、底辺を拡充しなければ野球がダメになる」と日本の現状を憂い、将来を危惧していた。その２年後「ＮＯＭＯベースボルクラブ」を立ち上げ、自ら受け皿を作って選手たちにプレーする場を与えた。</p>

<p>　野球で成功を収めた選手が、次に何をするべきかを的確に指し示してくれたのだ。</p>

<p>　自分だけ成功を収めて安穏としているのではなく、後進に対する受け皿作りや、野球の拡充など、常に将来を見据えた観点から、その思いを１つ１つ実現してきた。そうしていながら、自らのプレーに対する情熱も燃やし続けてきたのだ。そんな「野球に対する一徹な思い」が、世界中の選手やファンの心を捉えて離さないのだと思う。現役生活には終止符を打ったが、野茂の野球に対する情熱は、この先も決して途切れることはない。</p>]]>
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<title>第１９７幕　キューバ野球、五輪チームの輪の中で</title>
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<![CDATA[<p>　オランダのハーレムにやってきた。現在行われているハーレムの大会には北京オリンピックの第１戦で日本と戦うキューバナショナルチームがフルメンバーで参加しており、日本からは星野監督をはじめ、スコアラーや報道陣が大量に押し寄せている。いつもは静かなこの大会も、ときならぬジパングの嵐に襲われて、オランダ人もビックリ！の一種異様な様相を呈している。<br />
　</p>]]>
<![CDATA[<p>　さて、そのキューバ。筆者は偶然にも彼らと同じ宿舎になり、パチェーコ監督や旧知の選手たちと連日同窓会のノリで過ごし、危うく取材を忘れてしまいがちな状況に陥っている。雨で試合が中止になった日は、宿舎のテラスでラム酒の回し飲みがはじまる。この「杯」を受けると完全に彼らの仲間入りを認められるわけだが、これがアルコール度４８度ととてつもなく強い。それを飲めといわれても…。</p>

<p>　下戸の筆者はそれにちょっと口を付けただけで舌が燃え上がりそうな感覚にとらわれ閉口。それでも「オマエは僕らの仲間じゃなかったのか？」などと詰問され、ではちょっとだけ…と付き合うと、２度、３度と容赦なく強烈なラム酒攻撃にさらされ、断るのに必死だ。おそらく飲酒は禁止されているのだろうが、５月の合宿から１度も家に帰っていない選手もおり、外出もままならない状況下、そこはトップも見てみぬふりをしているように見える。</p>

<p>　３人部屋に押し込まれた彼らは、文句を言うわけでもなく、テレビを見たり、密かにラム酒を飲んだりしながら、のんびり過ごしているようだ。とはいえ暇な時間の対応に、ゲーム機があるわけでもなく、高価な国際電話がかけられるわけでもなく、ひいてはインターネットができるわけでもないから、必然的に「アブリード」（スペイン語で退屈という意味）という単語がチラホラ聞こえてくる。</p>

<p>　そういう彼らではあるが、この大会終了後、現在の２９名の選手から５名がカットされキューバに戻されることになっている。北京五輪かキューバへ帰国かの大きな分かれ道が待ち受けているのだ。ラム酒の回し飲みなど和気藹々ののんびりムードの中にも、最終２４名の五輪メンバーへの生き残りにかけて、緊張感が見え隠れする。そんな局面に面したキューバ選手の輪の中にいると、いつもはバカっ話に終始する筆者も、思わず背筋をピンと伸ばさざるをえなくなっていた。</p>]]>
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<title>第１９６幕　亡命キューバ選手の北京五輪</title>
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<![CDATA[<p>　ホワイトソックスのアレクセイ・ラミレス（キューバ出身）が、新人ながら素晴らしい働きを見せている。当然、北京五輪でも中心選手となるはずだったが、昨年９月に亡命。約４カ月後の今年１月にはホワイトソックスと４年契約を結んでいる。キューバの野球選手が「亡命」というと、ボートに乗ったり、他国で遠征中にホテルから抜け出したりと、命がけの脱出劇が主流だが、実はこの人、堂々とキューバから飛行機で国を出ている。<br />
</p>]]>
<![CDATA[<p>　周知の通り、キューバでは特に野球のナショナルチームクラスの選手が、個人的なことで国を出る許可は絶対に降りない。なぜラミレスが人目をはばかることなく大手を振って？国を出ることができたのか？　ずっと不思議に思っていた。５月にインターリーグのためサンフランシスコにやってきたラミレスに、どのような手はずで国を後にしたのかを、思い切って聞いてみた。</p>

<p>　ハバナとサントドミンゴ（ドミニカ共和国）間に、週２便、国営キューバ航空の直行便が出ているが、それに乗ってドミニカ共和国に渡ったというのだ。カリブ海沿岸を放浪することが多い筆者も、２時間あまりで両国を行き来できるこの区間のフライトはとても重宝している。だが外国人ならともかく、彼がなぜ、そのフライトに乗ることができたのか？　答は意外なところにあった。</p>

<p>　ラミレスはドミニカ共和国の女性と結婚し、子供とともにキューバに住んでいたが、奥さんがお里帰りのため子供たちと自国に帰った際、「家族に会いに行く」と言って出国許可をとったというのだ。ほとんどのキューバの選手は政府の目を盗んで命からがら逃げ出すため、オリンピックで獲得したメダルなど、持ち出す余裕もないが、用意周到だった彼は、アテネで獲得した金メダルもしっかり持って国を出てきたのだという。</p>

<p>　４月に１割３分厘だった打率も、５月には２割９分５厘、６月は３割５分５厘と本来の力を見せ始めている。守備では主にセカンドを守っているが、ショート、外野もこなすユティリティーぶりを発揮している。自分が出場するはずだった北京五輪に関しては「こうして、メジャーリーグでプレーしていても、僕の心はいつもキューバにある。だからみんなと一緒にオリンピックを戦うんだ」。やむなく亡命という形をとったものの、心は北京五輪で金メダルを狙うキューバチームの輪の中にあると言ってはばからない。</p>]]>
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<title>第１９５幕　激アツ男、今なお熱く</title>
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<modified>2008-06-25T08:57:55Z</modified>
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<![CDATA[<p>　熱い男というのは、どれほど時を経てもその熱を保っているものだ。中国ナショナルチームの監督、ジム・ラフィーバー氏（66）がその人である。北京五輪のホスト国として世界の強豪国を相手に「みっともない試合だけはしたくない」と、現在アリゾナで「激アツ指導」に明け暮れている。監督のその「熱」に誘われるように、中国の選手たちは着実にプレーの精度を上げてきているようだ。<br />
</p>]]>
<![CDATA[<p>　我々がラフィーバー氏の「激アツ度」を知ることとなったのは、助っ人外国人選手としてロッテにやってきた１９７３年。３０歳を越えたばかりの彼が、今よりさらに血気さかんだっただろうことは容易に想像がつく。当時の金田正一監督とはしばしば激突。「瞬間湯沸かし系」に属する２人が激しく火花を散らしたのは、今でも語り草になっている。</p>

<p>　そんな昔の話にフィードバックしたときも、当時の「激アツ感覚」が体の中によみがえっていったのだろうか。ラフィーバー氏の目はだんだん「マジ」になっていき、筆者に１つの言葉も挟ませることなく熱烈な調子で「カネダサン」についてしゃべり倒した。それにあきれてあんぐりしていると「クレージーな２人が向き合うと、ものごと、いっそうクレージーになるものなんだ」とフツーに言ってのける始末。</p>

<p>　日本から帰国してメジャーリーグの監督を務めた時も、球団フロントと「激突」することしばしばで、それが原因で監督をやめたこともあった。彼の言動を見ていると、自分の性格とあいまって、ロッテ時代に「瞬間湯沸し系ＤＮＡ」を金田監督から譲り受けたことで、その「激アツ度」に拍車がかかったのではなかろうかと思えたほどだ。</p>

<p>　そんな激アツ監督に、中国チームの取材を申し込むと、「シャワールーム以外は自由に取材してもＯＫ！（笑）」と快諾してくれた。選手たちが個々にケージに入って打撃練習を行うときにも、すべての選手を相手に球出し役を務める激アツ指導を行う。それを見ていた筆者に「自分の後ろに立って体感して見てみろ」とケージの中に招き入れてくれた。</p>

<p>　ラフィーバー氏の背中の真後ろから、肩越しに見る打者のスウィングや打球の迫力にド肝を抜かれながらの初体験取材。気がつけば、こちらまで彼の激アツペースに巻き込まれたかっこうになっていた。恐るべし激アツ男。本番の北京五輪まで、その熱と激アツ度はますます加速して行くことだろう。</p>]]>
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<title>第１９４幕　父の日勝利―引退と向き合うペドロの想い</title>
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<modified>2008-06-18T05:34:41Z</modified>
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<![CDATA[<p>　自分のイメージする投球ができないもどかしさ。ここ数年、怪我や故障に見舞われ満足なプレーができていないペドロ・マルティネスは、現役続行か引退かというジレンマに揺れることが多くなってきている。我々の目にはまだどこかに、豪速球を投げ込み、面白いように三振の山を築いていくイメージがこびりついているが、今のペドロにそんな全盛期の姿を見ることはできない。<br />
</p>]]>
<![CDATA[<p>　ペドロ自身もキャリアの終盤に差し掛かっているという自分の状況は十分に理解している。だから、パフォーマンスがうまくいかなければ、そのもどかしさが増幅されるのだ。</p>

<p>　今季はキャンプでの調整もまずまずで、開幕から張り切っていたが、４月１日の登板で右足を痛め、１試合投げただけでそこから実に２カ月間マウンドを離れることになった。「引退」説が飛び交ったのは、そんな時だった。</p>

<p>　不幸は重なるもので、ドミニカ共和国に住む父親が脳腫瘍で入院することになる。「野球をやめて故郷に帰り、心行くまで父親の看病をしたい」。父親との残された時間を思ったとき、ペドロの心は激しく揺れた。その一方で「野球ができなくなったわけでもないのに、シーズン途中で引退を決めて故郷に帰る。子供のころから野球の手ほどきをし、ここまで自分を導いてくれた父親が、それを喜ぶだろうか」。ペドロは自分に問いかけてみた。</p>

<p>　答えは明白だった。「（引退という）サインが出たら、ボールはそのときに置けばいい。それまではマウンドに登り続けよう。その方が父は何倍も嬉しいはずだし、自分も納得できる」。今季４度目の登板はくしくも６月１５日、父の日だった。病床の父を思いやりながらの投球で、ペドロは見事に白星（今季２勝目）を飾った。最近、入院先の病院から自宅に戻って療養しているという父親には、最高のプレゼントとなったであろうことは容易に想像できる。</p>

<p>　ニューヨークのメディアを中心に、一時は引退をも辞さない…というニュアンスのニュースが伝わってきたが、今のペドロに、その心の揺れはない。「父のこと…。引退…。何をどうあがいてみたって、容赦なくその時はやって来るものなんだ。それまで自分にできることといえば、一心腐乱に投げ抜くこと」。それはメジャー１７年目にして初めて到達した、雑念のない世界でもあった。</p>]]>
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<title>第１９３幕　「主役」が去ったキャンプ地は今</title>
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<![CDATA[<p>　このところアリゾナは４０度を越える日が多くなった。春には選手、マスコミ、ファンがやってきて賑わいを見せていたキャンプ地は今、まるで灼熱の太陽を避けるかのように人々が去り、閑散としている。キャンプ中盤から終盤にカットされ、マイナー行きを命じられた選手たちのため息が、静寂の中、どこかから聞こえてきそうな、そんな幻想にさえとらわれる。<br />
</p>]]>
<![CDATA[<p>　数カ月前の人の往来が消えた今、その地で北京五輪に向けて、中国ナショナルチームがキャンプを張っている。燃えるような暑さの中、中国の選手たちは元気に密度の濃い練習を続けている。１０日に行われたカンザスシティーのルーキー級との試合では８対２と快勝。ラフィーバー監督は試合後「いくつかの問題点はあったが、いたるところに目を見張る進歩が見られた」とナインを鼓舞する訓示をしていた。</p>

<p>　ところで、今回中国チームが使用しているのはピオリアにあるパドレスのキャンプ施設で、メジャーのクラブハウスとトレーニング設備をそのまま丸ごと利用している。監督室やクラブハウス、その周辺を出入りするたびに、これまでの春季キャンプの出来事や、パドレスに入団した当時の大塚晶則投手を囲み、青々とした芝生の上でインタビューをさせてもらったことなどがフィードバックしてくる。</p>

<p>　練習試合が行われたサープライズのキャンプ地では、この春、メジャー復帰を目指していた野茂英雄投手の姿があった…。黙々と走り込みを行っていたその練習場に今は人影もない。フォールリーグが始まる１０月までは、わずかなルーキー級の選手やリハビリを行っている選手たちの往来が見られるだけで、今、この地で「主役」を張っているのはギラギラと照りつける真夏の太陽だ。</p>

<p>　本来の「主役」たちが去り、夏を迎えたスプリングトレーニングの地は、心なしか寂しげな表情をのぞかせ、そこには静寂の時が流れるばかりだった。</p>]]>
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<title>第１９２幕　「１球トリプルプレー」の藪と記念ボール顛末記</title>
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<modified>2008-06-04T08:54:02Z</modified>
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<![CDATA[<p>　それは「あっ」と言う間のできごとだった。５月３０日のジャイアンツ対パドレス戦。藪が同点の８回、無死一、二塁のピンチの場面でマウンドに登った。対するパドレスの打者クーズマノフが藪の投じた初球をたたき、サードゴロに打ち取られた。そのボールがサードからセカンドに、セカンドからファーストへと転送され、たった１球でトリプルプレーを完成させたのだ。<br />
</p>]]>
<![CDATA[<p>　筆者はこの日、ドミニカ共和国、キューバとカリブ海沿岸地域の取材を終えてサンフランシスコに着いたばかりだった。ロングフライトの疲れと時差ぼけも手伝い、頭がボーッとしていたため、自分の目の前に起こっていることが、まだ半分夢の中だった。しかし、記者席では、過去の記録などの説明が延々となされ、正真正銘のトリプルプレー成立だと判ったとき、眠気が一気に吹き飛んでいた。</p>

<p>　ところが、このトリプルプレーには顛末記がある。肝心要のそのボールの行方がわからなくなってしまったのだ。よくよく聞いてみると、記録達成の瞬間、１塁手のバウカーがそれと気づき、そのボールをベンチに戻した。ところが、そのボールと気づかなかった植松ブルペン捕手が、イニングの合間にレフトのリーワイスとキャッチボールをしたため、そのままボールが行方不明になってしまったというのだ。</p>

<p>　みんなに「記念ボールは？」と聞かれた藪は「どこかに行ってしまたようで…」と落胆の色を見せていた。ところが、翌日、筆者がクラブハウスの前を通りかかると、右手のこぶしにボールを乗せてルンルンな顔をした藪と遭遇した。「あったんですよ！　ボールが！」。顔はもうニッコニコ。ブルペン用のボールを入れるバックの中から「たしかに、これだ」というボールが見つかったのだという。</p>

<p>　しかし、いかにそれが「三重殺」のボールであっても、メジャリーグではそれを承認するシールがなければ、それだとは認められない。周囲ではメジャー初ヒットに続き、初本塁打を打ったホーイッツが２日連続で記念ボールに「証明シール」が貼られた。藪もＭＬＢから派遣された係員にアピールした結果、２日遅れで見事シールが貼られることになった。数奇の運命をたどった？ボールは、今「本物の証明」を得て、藪のロッカーの戸棚で安らぎのときを迎えている。</p>

<p>　「ところで、１球でトリプルプレーは、過去にあったのかなあ？　もしなければ、ギネスに申請しようっと」。シールをもらい、正真正銘を位置づけられたボールの持ち主藪は、シールを貼ってもらう前とは打ってかわって、とたんに元気になっていた。</p>]]>
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<title>第１９１幕　野村ＩＤ野球が浸透するキューバ野球</title>
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<modified>2008-05-26T03:50:24Z</modified>
<issued>2008-05-26T03:46:36Z</issued>
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<![CDATA[<p>　このところ日中は３５度を越える猛暑が続くハバナ。そんな中で、北京オリンピックに向けたキューバナショナルチームのプレセレクションが行われている。今回キューバチームの指揮を執るのは、シダックスでプレーをしたこともあるアントニオ・パチェーコ氏。そのパチェーコ氏が「シダックス時代の野村監督（現楽天監督）に、学ぶところが多かった」と話した。<br />
</p>]]>
<![CDATA[<p>　オリンピック候補に選ばれた４３名が、暑さを避けるために野手陣は午前８時すぎから、投手陣は午後４時すぎからとふた手に分かれて練習を行っている。その彼らの動きを鋭い目つきで追っているパチェーコ監督。今季のキューバ国内シリーズでも指揮を執り、ぶっちぎりの強さで自チームのサンチャゴ・デ・キューバを国内チャンピオンに導いて、指導者としても手腕を買われている。</p>

<p>　キューバはＷＢＣで日本に敗れ優勝を逃した。しかも、野球競技は今度の北京が最後といわれている。野球が国技であるキューバからすれば、昨今の事情からみても、このオリンピックでは是が非でも「金」を取らなければならない状況に置かれている。海外からのメディアも政府レベルでビザの発給を止め、取材陣を完全にシャットアウトするなどして、臨戦態勢を敷いている。そうした中「切り札」として起用したのが、パチェーコ監督だった。</p>

<p>　「世界一」という宿命を背負ったパチェーコ監督だが、常に野村監督のもとでプレーし、学んだことを反芻しているのだという。「頭をよく使って、相手のことをよく観察し、あるときは逆の方法を想定するなど、実に多くのことを学んだ。かけがえのない時間だった」。そんなことを語るとき、遠い目をしてシダックス時代を懐かしんでいるように見えた。</p>

<p>　「野村監督との出会いが、自分を指導者として育ててくれた」と言ってはばからないパチェーコ監督。日本にとっては強敵のキューバだが、パチェーコ監督は金メダルを取って自分の指揮官としての裁量を野村監督に見てもらいたいと考えているようだ。キューバ野球の中に息づく野村ＩＤ野球。その浸透度はかなり深いように見えた。<br />
　（キューバ・ハバナにて）</p>]]>
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