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<title>コラム_MLB：鉄矢多美子「Field of Dreams」</title>
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<title>第２４２幕　バリー・ボンズは今…。</title>
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<summary type="text/plain">　２００７年にジャイアンツを退団したバリー・ボンズに、およそ１年ぶりに会った。チ...</summary>
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<![CDATA[<p>　２００７年にジャイアンツを退団したバリー・ボンズに、およそ１年ぶりに会った。チャリティーゴルフコンペに参加するというバリーをホテルのロビーで待っていたら「あ～、腹減った。ご飯食べよう」と言いながら突然その人が現れた。レセプションに顔を出し、一通りみんなに挨拶を済ませた後、レストランでステーキをご馳走になった。<br />
</p>]]>
<![CDATA[<p>　その席で、ワールドシリーズでの松井の活躍が話題に上ると、パレードの時、ニューヨークのファンが繰り返していた「ＭＶＰ」コールをバリーもいたずらっぽく真似して見せた。「ＭＶＰは松井以外にはいなかったね」ときっぱり言うと、そこからヤンキース、フィラデルフィア両チームの戦略に関するうんちくで「やめられない、止まらない」かっぱえびせん状態になった。</p>

<p>　過去にはいろいろ物議を醸し、今もなおステロイド使用問題で偽証罪に問われている身ではあるが、夢中になってワールドシリーズを振り返る様を見ていると、改めてこの人もまた心底から野球が好きなんだなと思った。その席では野球人としてのあり方にまで話しが及んだ。</p>

<p>　あまり伝えられてはいないが、バリーはサンフランシスコで小児癌の子供が入院している病院に定期的に足を運び、病気の子供たち、医師、看護師、スタッフなどを勇気付け、サポートを行っている。「僕の中のヒーローは彼ら。こんな風に野球をやってくることができたお返しを、今度は僕が彼らに対してしなければと思っているんだ」。この言葉だけはキッと一点を見つめながら強い意志を込めて言った。</p>

<p>　翌日、チャリティーゴルフのラウンドについて回ることにした。カートでバリーの後を追いかけて行くと、実にリラックスした顔つきで、楽しそうにクラブを振り回していた。球場では決して見せたことのない顔つきで、これがあの本塁打記録を積み重ねていたバリーなのか？　と疑いたくなるほど別人になっていた。途中、筆者の乗っているカートに、わざと自分のカートをぶつけてくるいたずらまでやってのけ、自分ではカートのスピードを上げ、途中スピンをかけて楽しんでいた。</p>

<p>　スコアはどうなったのやら闇の中。それでもコースを回り終えると満足そうに仲間とハイタッチを交わした。初めてバリーとラウンドをしたという１人が、筆者の耳元でこうささやいた。「正直、バリーがこんな気さくでいい人だとは思っていなかった。世間で言われているイメージとかけ離れていたんで驚いてるんだよ」。野球から離れ、ゆっくりと自分を見つめ直す時間ができたのだろう。帰り際、これまで世話になったお礼にと筆者にサイン入りのバットをくれた。こんなことができるほど心に余裕ができたのかと内心うれしくなった。</p>

<p><a href="http://www5.nikkansports.com/baseball/mlb/tetsuya/T-f-P20091116-bb-bonz.jpg"><img alt="ゴルフ場でファンと記念写真に収まるボンズ" src="http://www5.nikkansports.com/baseball/mlb/tetsuya/T-f-P20091116-bb-bonz.jpg" width="410" height="300" /></a><br />
写真はゴルフ場でファンと記念写真に収まるボンズ</p>]]>
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<title>第２４１幕　ハロウィーンの夜、フィリーズファンのため息</title>
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<summary type="text/plain">　ワールドシリーズ第３戦はハロウィーンと重なり、シティズンズ・ボールパークには思...</summary>
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<![CDATA[<p>　ワールドシリーズ第３戦はハロウィーンと重なり、シティズンズ・ボールパークには思い思いに嗜好を凝らした衣装でやってくるファンも多かった。ダウンタウンから球場へ向かう地下鉄には、試合開始まで４時間以上もあるというのに、フィラデルフィアでの初戦が待ちきれない様子のファンに混じり、魔女や幽霊に仮装し上からフィリーズのユニフォームを着たファンらが詰めかけた。<br />
</p>]]>
<![CDATA[<div><img alt="tetsuya091101.jpg" src="http://www5.nikkansports.com/baseball/mlb/tetsuya/tetsuya091101.jpg" width="350" height="263" /></div>

<p>　球場近くのスポーツバーに行くと７５０人座れるテーブル席は満席。当然のことながらフィリーズファンで埋め尽くされていたが、その大勢の中に数えるほどのヤンキースファンも入り混じって、立錐の余地もないほどの盛り上がりぶりだった。中にはフィリーズの「Ｐ」をペイントしたカボチャを持参し、先取点が入った時にはそれを頭上に掲げて踊りはじめるなどのお祭り騒ぎになっていた。</p>

<p>　ハロウィーンにはわざと怖い形相のお面をかぶったり、ガイコツの衣装をつけたり、幽霊の格好をするなどして人間にとりつく「悪霊」を逆に怖がらせ、追い払うという意味がある。凍りつくような寒さで震え上がった昨年のワールドシリーズとはうってかわって、この日は季節外れの生暖かい風が吹き、雨も断続的に降った。暗がりを歩くと、どこかから幽霊が出てきそうな気配まで漂って、まさにハロウィーン日より？　だった。</p>

<p>　この日の先発は昨年のワールドシリーズＭＶＰ男、コール・ハメルズ。大きな期待が寄せられていたが、ヤンキース打線に打ち込まれ５失点して逆転負けを喫してしまう。フィリーズファンの大きな期待はため息へと変わった。彼らにとってハロウィーンのこの夜ばかりは、強すぎるヤンキースが「悪霊」に見えたかもしれない。</p>

<p><strong>※写真はハロウィーンのカボチャをペイントし、スポーツバーに持ち込んで応援するフィリーズファン</strong></p>]]>
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<title>第２４０幕　亡き僚友とともに戦うエンゼルス</title>
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<modified>2009-10-20T04:31:22Z</modified>
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<summary type="text/plain">　アナハイム、エンゼルス・スタジアムのセンター後方のフェンスには「３４」という背...</summary>
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<![CDATA[<p>　アナハイム、エンゼルス・スタジアムのセンター後方のフェンスには「３４」という背番号とともに、今は亡きニック・エイデンハート投手の大きな写真がデイスプレーされている。シーズンがスタートしたばかりの４月９日未明、交通事故に巻き込まれて２２歳の若さでこの世を去った。４月８日のオークランド戦に先発し好投。その直後の死にチームメイトは立ち直れないほどの大きな衝撃を受けた。<br />
</p>]]>
<![CDATA[<p>　そのショックを引きずっていたのだろうか、オールスターまではエンゼルスらしからぬモタつきが目立ち、なかなか首位に立つことができなかった。広報担当からは「ニックのことはなるべく選手に聞かないで欲しい」と水面下でお達しが出るほどみんながナーバスになっていたのだ。特にセンターを守るトリー・ハンターは、守備につく度、そのモニュメントと真正面に対峙するだけに、特別な思いを持っていた。</p>

<p>　守備位置につくと、時には写真に向かって敬礼し、時には走り寄ってタッチした。それが「一緒に戦っているんだ」という意識をチーム全体に行き渡らせた。故人は冗談で人を笑わせムードを明るくする性格だった。ハンターは「自分の守備位置に向かいながら、事故の悲しみを反芻するのではなく、彼と過ごした楽しかったことだけを思い出すように努力した」とこのシーズンを振り返った。</p>

<p>　ポストシーズンに入り、レッドソックスとの第１戦目。先制３ランを放ってその思いを爆発させたハンター。その打席では満員の観客の歓声が遮断され「真空状態」になったのだという。第２戦では満塁でエリック・アイバールが三塁打を放ち、２打点の活躍。センターの左よりに落ちた打球は、不思議なことに右よりのエイデンハートのモニュメントの前まで転がって行った。まるで、自分のほうにボールを呼び寄せているかのようだった。</p>

<p><img alt="f-bb-091020-1510.jpg" src="http://www5.nikkansports.com/baseball/mlb/tetsuya/f-bb-091020-1510.jpg" width="350" height="234" /></p>

<p>　ホームでの第１戦、２戦、センターのフェンスから見守るエイデンハートと共に戦ったエンゼルスが連勝した。そしてその勢いは止まることなく、アウエイでのボストン戦にも勝利しスイープ。ア・リーグ優勝決定シリーズではヤンキースに２連敗発進。だがホームに戻っての第３戦では延長戦を制し勝利を手にした。今もなおそのままに残されているエイデンハートのロッカー付近で、チームメイトたちはきっと勝利を分かち合ったにちがいない。</p>

<p>　２００２年以来となる頂点に上り詰めるまで、彼らは亡き僚友とともに戦い抜く。</p>

<p><strong>※写真＝毎試合エンゼルスベンチに掲げられる今は亡きエイデンハートのユニフォーム</strong></p>]]>
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<title>第２３９幕　凍てつく街の熱い戦い～デンバー　</title>
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<summary type="text/plain">　ポストシーズン、ロッキーズ対フィリーズ取材のため、ロサンゼルスからデンバーに向...</summary>
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<![CDATA[<p>　ポストシーズン、ロッキーズ対フィリーズ取材のため、ロサンゼルスからデンバーに向かった。デンバーに近づくとロッキー山脈の冠雪と下界の一面の雪野原が目に眩しく映った。と、その時突然機長から「ただいまのデンバーの気温は華氏１７度（摂氏＝－８・３度）です」とのアナウンスに一瞬耳を疑った。地元に住んでいるという臨席の人が、風があるためもっと寒く体感気温は－１２度くらいだと教えられて更に驚いた。<br />
</p>]]>
<![CDATA[<p>　１０月１０日、この日プレーオフ第３戦は雪のため中止となった。とにかく寒い。というか、刺すような冷たさに痛みさえ覚える。標高１６００メートルの地にある街は山岳気候のため突然このような天気に見舞われるのだ。クワーズフィールドに行くと、内外野ともすっぽり雪で覆われ、早めに個人練習を終えた選手たちの姿はすでになく、フィールドは静寂に包まれていた。この球場は空気が薄くボールが飛びやすいため、ホームランバッターには歓迎されるが、投手にとっては災難の地だと言われている。</p>

<p>　それでも今季ロッキーズではホルヘ・デラ・ローサが１６勝、ウバルド・ヒメネスが１５勝（いずれもキャリアハイ）と、左右の両腕がワイルドカード獲得に大いに貢献した。冬でも温暖な中南米出身の２人にとって、マイナス１０度前後の気候は堪えるのではないだろうか。だが、ロッキーズ生え抜きのヒメネスはこの地に順応しているのか「空気も澄んでいるし、四季があって僕はなかなか気に入っているよ」とあまり気にしていない。広大な米大陸の各地で転戦する彼らにとって、いちいち悪条件、悪天候などの文句は言っていられないのだろう。</p>

<p>　夏は酷暑に見舞われ、冬は凍てつく寒が襲いかかる。しかも平地に比べて空気が薄いというこんな自然条件の中でもロッキーズの選手たちは１シーズンを粛々と戦い抜き、そしてポストシーズン進出の切符を勝ち取ったのだ。この地で暮らす人々やロッキーズの選手たちに比べると、これまで体験したことのない気温に驚き「さむッ」だの「あり得な～い」だのといたずらに大騒ぎしてしまった自分が恥ずかしくなってきた。</p>

<p>　１勝１敗で迎えた第３戦目はフィリーズに軍配。この時期にしては記録的な寒さの中で戦う監督や選手への質問は「寒さ」関連が多かった。凍てつく街デンバーで氷も溶かす熱い戦いが始まった。</p>]]>
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<title>第２３８幕　デリック・リーの家族…懐かしい顔との再会</title>
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<summary type="text/plain">　全米の球場をウロついていると、思いがけなく懐かしい人に出会うことがある。９月２...</summary>
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<![CDATA[<p>　全米の球場をウロついていると、思いがけなく懐かしい人に出会うことがある。９月２４日からサンフランシスコで行われたジャイアンツ対カブス戦で、デリック・リーの母親、パメラと弟のブライアンに約２０年ぶりに会った。<br />
</p>]]>
<![CDATA[<p>　いたずら盛りだったブライアンも、今は地元でステーキハウスのシェフとして一本立ちし、結婚して一児の父親になっていたし、パメラは３人の子供たちが独立し悠々自適に暮らしている。とりわけ、メジャーリーガーとして活躍を続けている長男デリックの姿を満足げな表情で見守っていたのが印象的だった。</p>

<p>　筆者はロッテのうぐいす嬢時代に、デリックたちの面倒を見たりしていた関係で、彼らが帰国してからも、細々と連絡を交わしていたが、デリックや父親のレオンにはアメリカで会えても、母親のパメラに会うチャンスがないままだった。だからそれはもう懐かしく、思わずハグしあい、ロッテ時代の話で盛り上がった。パメラは「多くの人たちに心から親切にしてもらった日本には、いい思い出がいっぱいなの」と懐かしそうな目をして、遠くになった思い出をたぐり寄せていた。</p>

<p>　デリックとは川崎球場の放送室の周りで鬼ごっこをして遊んだり、遠征先の仙台のホテルではゲームの相手をさせられ、負けてあげないと機嫌を損ねるやんちゃ坊主だった…。時には、あまりのいたづらに耐えかね「ｓｔａｙ　ｈｅｒｅ！（じっとしてなさい！）」などとヒステリックに叫んだこともあった。そのデリックが、今やメジャーリーガーとして押しも押されぬ一流の選手に成長して目の前でプレーしている―。何だか不思議な気持ちにもなる。</p>

<p>　ウグイス嬢と助っ人選手だったその家族とが長い時を経てメジャーリーグの球場で再会するなど、誰が想像しただろうか。しかも、会えなかった長い時間など全く関係なく、一足飛びに「川崎球場」に戻り、しばし昔話に花が咲いたのだった。それもこれも、やんちゃ坊主だったデリックがメジャーの世界で成功を収めてくれたおかげだ。降ってわいたような感激の再会。そして、思いがけないこんな出来事に遭遇したりするから、この商売がやめられないのかもしれない…とも思った。</p>]]>
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<title>第２３７幕　究極のいたずら男グリフィーがイチローに…</title>
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<modified>2009-09-14T02:40:07Z</modified>
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<summary type="text/plain">　イチローがコツコツと積み上げてきたメジャー通算２０００本安打達成のその大事な記...</summary>
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<![CDATA[<p>　イチローがコツコツと積み上げてきたメジャー通算２０００本安打達成のその大事な記念ボールに、ケン・グリフィーが落書き？　をしたという報道が一斉になされた。果たして本当に彼はそのようなことをやってのけたのだろうか？　現場にいたわけではないから雰囲気が伝わってこないが、にわかに信じがたい気持ちでいる。大記録達成のイチローを何とか仰天させることはできないかと考えに考えた末、ダミーボールで…と思いついた究極の「いたずら」なのではないだろうか…と思いたくなる。<br />
</p>]]>
<![CDATA[<p>　というのも、グリフィーは無類のいたずら＆ジョーク好き。思い出すのは１９９５年の春キャンプ。打撃練習中に、当時マリナーズの監督だったルー・ピネラと「ステーキディナー」を賭け、負けてしまったグリフィーは監督室に本物の牛１頭を連れて行って「これでどうだい！」としたり顔をしたのだ。「あれは、いまだ僕の中でＮＯ・１に属する出来事なんだ」と、今でも思い出すと笑いがこぼれて仕方ないと言った表情で当時を振り返る。</p>

<p>　そんなスケールの大きないたずらを平気でやってのけるくらいだから…イチローの落書きボールも何か裏がありそうだと思わせてしまうのだ。彼が「ＫＩＤ」と呼ばれているのは、４０歳になろうとしている今もなお子供のような純粋な気持といたずら心を持ち続けている所以だ。スキあらば人が驚いたり笑ったりするいたずらをやってのけ、自分もメいっぱい楽しもうと狙っているフシがある。ましてその対象がイチローとなると、いたずら心もバージョンアップするはずだ。</p>

<p>　さて、そのグリフィー。今季の開幕直前にこんなことを言っていた。「イチローと一緒にプレーしたい気持ちはずっと心に持っていた。これまでイチローのプレーはテレビでしか見られなかったけど、これからは生で見られる。すごく嬉しいし、興奮しているんだ」。そのひと言ひと言から「生・イチロー」とクラブハウスを共にしている喜びが伝わってきた。それだけに何かあったら彼なりの祝福を…と考えていたに違いない。落書きボールの真意のほどは次に会った時に確かめることにするが、「９年連続２００安打」にはどんな手荒い「お祝い」を計画しているのだろうか。それが気になって仕方ない。</p>]]>
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<title>第２３６幕　約束のリストバンド～エ軍ケンドリーの秘話</title>
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<modified>2009-09-04T08:38:30Z</modified>
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<summary type="text/plain">　２００６年５月２３日に２２歳でメジャーデビューしたアナハイム・エンジェルスのケ...</summary>
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<![CDATA[<p>　２００６年５月２３日に２２歳でメジャーデビューしたアナハイム・エンジェルスのケンドリー・モラレスが、４年目の今季初めてレギュラーに定着し、フルシーズンを送ろうとしている。ここまで打率３割１分３厘、打点９４、本塁打３０（９月３日終了時）の打撃成績はいずれもチーム１位で、目下エンゼルス内では３冠王。４年目にしてその本領を発揮している。</p>]]>
<![CDATA[<p><img alt="DSC_0825.jpg" src="http://www5.nikkansports.com/baseball/mlb/tetsuya/DSC_0825.jpg" width="350" height="234" /></p>

<p>　２００１年に１８歳でキューバのナショナル・シリーズでデビューした当時は、投手で４番。それまでの新人記録を９つも塗り替え新人王に輝いて、キューバの至宝リナレスの後継者と騒がれた。当然メジャー関係者から垂涎の的になっていた。そんな騒ぎの中、ハバナの球場でインタビューを試みた筆者は、その直後に警察官に取り囲まれ、職務質問をされたことがある。</p>

<p>　「ケンドリーと何か話しをしていたようだが、どんなことをしゃべっていたのか」などなど…。社会主義国ではそう珍しいことではないのだが「アテネ五輪の４番」候補として浮上していたモラレスには、当時から政府機関が相当な神経を使っていたことが伺える。その後亡命を企てるも連続８度失敗。２００４年６月８日、９度目の試みでやっと成功したことは、今では語りぐさになっている。</p>

<p>　今季、開幕直後にそのキューバ時代の出来事を話す機会があった。ハバナ郊外のケンドリーの家でサルサを踊ったこと。お母さんがウサギ料理を作ってくれたこと。警察官に職務質問された筆者が一歩間違えば当局に拘束されていたかもしれなかったこと。それらのことを「共有」した時間がなつかしく甦ってきた。開幕から一塁のレギュラーを任され、多少のプレッシャーを感じていたようだが、そんな昔話で心なしか気持ちがほぐれてきたようにみえた。</p>

<p>　話が終わり、クラブハウスを出ようとした時、ケンドリーが両手にしていた背番号１９が縫い取られたリストバンドを外してくれた。「よし、今年はホームラン１９本！　背番号分だけ打って」とハッパをかけたが、直後に両手分のリストバンドを掲げて「３８本行っちゃおう！」と訂正した。２００６年のデビュー以来５本、４本、３本とこれまで３シーズンで１２本しか打っていない選手に、かなりのムチャブリだったかもしれないが、とにかく強引に約束した。</p>

<p>　ところが、７月に背番号分の「１９本」をクリアすると、８月に１０本打って計３０本とした。残り３０試合で８本打てば、強引に約束させられた「３８本」に到達する。果たしてどこまで数字を伸ばすことができるのだろうか？　残り１カ月、手元にある赤いリストバンドを眺めながら、試合経過を楽しみにする日が続く。</p>

<p><strong>※写真＝ケンドリー・モラレスの赤いリストバンド</strong></p>]]>
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<title>第２３５幕　ペドロ復活、白球に込めた父への誓い</title>
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<modified>2009-08-26T09:34:38Z</modified>
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<summary type="text/plain">　オールスター直後にフィラデルフィア・フィリーズと契約したペドロ・マルティネスが...</summary>
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<![CDATA[<p>　オールスター直後にフィラデルフィア・フィリーズと契約したペドロ・マルティネスが、ここまで３試合に先発し、２勝と好発進している。速球もほとんどが８０マイル台で、往年のイメージとは大きくかけ離れているが、それでも伝家の宝刀サークルチェンジを駆使し、マウンドに立てる喜びを投球に精一杯ぶつけている。<br />
</p>]]>
<![CDATA[<p>　春先のＷＢＣでは、ふがいないドミニカ共和国の投手陣の中にあって１人安定感のある投球を見せた。これで契約が決まるかと思われたが、キャンプ、開幕をすぎても、どのチームからもオファーがなかった。そればかりか、周囲からは限界説さえささやかれ始めていた。それでもペドロは「いつでも投げられる準備だけはしておこう」と、母国で孤独なトレーニングを続けていた。</p>

<div><img alt="tetsuya090826.jpg" src="http://www5.nikkansports.com/baseball/mlb/tetsuya/tetsuya090826.jpg" width="350" height="234" /></div>

<p>　故障が続き、２００６年から３年連続で１桁という勝ち星に、一時は自身の口からも「引退」という言葉が飛び出すようになっていた。しかし昨年７月２３日、最愛の父が他界したのを機に、その気持ちに変化が出てきた。ペドロには父親が闘病している間、ふがいない投球しか見せられなかったという悔いがあった。葬儀の際、父の棺に白球を入れ「納得するまでもう１度投げ抜く」と誓ったのだ。</p>

<p>　ことあるごとに、ペドロはドミニカ共和国にあるドジャースのアカデミー、カンポ・ラス・パルマスに出向き、その施設の中にある周回コースで走り込みを行う。空が見えないほどにうっそうと生い茂った木立を縫って、落ち葉を踏みしめながら無心で走る。そこは世間の喧噪から抜けだし「無」になって自分と向き合える場所なのだ。ドジャースにスカウトされ、プロの起点となったその場所で１人黙々と走り込み、オファーを待っていた。</p>

<p>　そんなペドロのもとに朗報が届いた。７月１５日、フィリーズとの契約が決まったのだ。１周忌を前に亡き父が後押しをしてくれたような気がして、胸にこみ上げるものがあったのだという。それから約１カ月後の今月１２日、フィリーズで今季初登板し初勝利。メッツ時代の昨年８月３１日に勝利投手になって以来、実に１年ぶりの勝ち星だった。ペドロは今、父への誓いを新たに１８年目のシーズンを駆け抜けようとしている。</p>

<p><strong>※写真は練習のためドミニカ共和国のＭＬＢアカデミーにやってきたペドロ・マルティネス</strong></p>]]>
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<title>第２３４幕　首位打者争いサンドバル、ブレークの秘密</title>
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<modified>2009-08-17T07:55:35Z</modified>
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<![CDATA[<p>　 「君の予知能力にはちょっと驚いているんだ」。先日サンフランシスコ・ジャイアンツのパブロ・サンドバルに会った際、いきなりそう言われた。予知能力…。確かに思い当たる節はあった。昨年６月、２Ａのコネチカットでプレーしていたサンドバルに「あなたはきっともうじきメジャーに昇格するわよ」と言ったのだ。本人は「そうであれば嬉しいけど、きっとそれは来年だと思う」と、その時は全くメジャー昇格を期待していない様子だった。</p>]]>
<![CDATA[<p class="photoWrap" style="width:293px;"><img alt="o-bb-090817-0301.jpg" src="http://www5.nikkansports.com/baseball/mlb/tetsuya/o-bb-090817-0301.jpg" width="293" height="350" /><strong>ナ・リーグの首位打者争いを演じているパブロ・サンドバル</strong></p>

<p>　ところが、その２カ月後の８月１３日に見事にメジャー昇格し、翌８月１４日には５番・捕手で初出場。結局、シーズン終了まで４１試合に出場し３割４分５厘という高打率を残した。今季は開幕からジャアンツの主軸に定着し、ここまでナ・リーグで２位の高打率（３割３分＝８月１６日現在）を残し、首位打者争いまで演じている。ほんの１年前に２Ａから昇格した選手が、こんな風にブレイクするというのも、メジャーの選手層の厚さを物語っているのであろうが、おかげで、俄然、筆者の予知能力がクローズアップされる？　ことになったのだ。</p>

<p>　おそらくコアなメジャーファンでなければ昨年２Ａでプレーしていた無名のサンドバルを知るすべもなく、それをまた２Ａにまで追っかけ取材をかけ、なぜ「メジャー昇格が間近い」などと口走ったのであろうか？　白状すると、実はその時は「両手投げ」という彼の特技のほうに強く興味を惹かれ、それをどうしてもこの目で見ておきたかったのだ。左右両手で投げる実技を見せてもらった後、お礼の意味も込めてあてずっぽうに近いトーンで「メジャーに…」など口走った覚えがある。</p>

<p>　両手投げの器用さとはあまり関係ないとは思うが、守りでは捕手、一塁、三塁を実に器用にこなす。今季は主に三塁を守っているが、彼のロッカーには外野手用も含めていつも４つのポジションのグラブをそろえている。ボウチ監督は「彼のユティリティーぶりは多いに作戦に役だっている」と認めている。この数年負け越しが続き下位を低迷していたジャアンツだったが、今季はナ・リーグのワイルドカード争いを演じ、プレーオフ進出も夢ではない位置につけている。サンドバルの打棒がチームの活力を与えていると言っても過言ではない。</p>

<p>　それにしても…とつくづく思う。偉そうに「メジャーが近い」などと口走ったことが、ここまで見事にハマってしまうと怖いものがある。サンドバルからは何度も「ありがとう」とお礼を言われ、まるで、どこかの教祖様のような眼差しで見られてしまったが、むしろ頑張っている彼に「ありがとう」と言いたいのはこちらの方だ。もちろん今あるサンドバルは本人の才能と努力にほかならないのだが…。こうなったら彼にはポストシーズン進出切符と首位打者をと、がぜん肩入れしたくなってきた。</p>]]>
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<title>第２３３幕　お金を出して見る価値のある選手</title>
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<modified>2009-08-04T10:56:24Z</modified>
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<summary type="text/plain">　メジャーリーグにはチームの勝敗に関係なく「あの選手のプレー（技）が見たい」と思...</summary>
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<![CDATA[<p>　メジャーリーグにはチームの勝敗に関係なく「あの選手のプレー（技）が見たい」と思わせる特別な選手がいる。その１人がレンジャーズのオマー・ビスケル内野手だ。華麗な守備を誇り、これまでゴールドグラブ賞に選出されること１１度。だが、メジャー球界を代表するスーパースターも２１年目となる今季は力の衰えから、春キャンプはマイナーの招待選手からのスタートを余儀なくされた。<br />
</p>]]>
<![CDATA[<p>　開幕ロースターには残ったものの、同じベネズエラ出身の遊撃手エルビス・アンドラス（２０）の台頭が目立ち、シーズン当初からショートのスポットを明け渡さなければならなかった。１０年に１人出るかでないかという逸材のアンドラスを育てるため、レンジャーズはビスケルに彼の教育係としての役割も依頼したのだ。若い選手にポジションを明け渡すのは臍をかむような思いもあったが、それでもビスケルは快く引き受け指導を続けてきた。</p>

<p>　結果的に今季のビスケルはアンドラスが試合に出ない日のバックアップ選手となった。レンジャーズの首脳陣も何とかビスケルのプレーを生かそうと考えた結果「二塁の守備」案が浮上した。しかし、そこにもイアン・キンスラーという不動の二塁手がいて、しかもビスケルはそれまでたった２度しか守ったことがない守備位置だった。１９９９年インディアンズ時代以来の二塁守備に「守るのが怖い」と珍しく名手は弱音を吐いていた。</p>

<p>　しかし、そうも言ってはいられない。キンスラーが故障者リスト入りしたため、このところ二塁を守り続け、時にはマイケル・ヤングに変わって三塁の守備にも入っている。慣れない二塁守備に加え、初めての三塁守備。それらを黙々とこなす大ベテランの姿は、若い選手たちのこれ以上ないお手本になっている。打力に衰えが見え始めたため出場機会もめっきり減ってきたが、華麗で老獪な守備は４２歳になった今もなお健在で、依然として「お金を出して見る価値」を見せつけている。</p>]]>
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<title>第２３２幕　山下大輔氏５７歳の初体験　その２</title>
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<modified>2009-07-27T05:13:11Z</modified>
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<summary type="text/plain">　山下大輔氏、５７歳の「初体験」は続く。試合が行われる日は球場で食事が出る。だが...</summary>
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<![CDATA[<p>　山下大輔氏、５７歳の「初体験」は続く。試合が行われる日は球場で食事が出る。だが、休みの日はアパートで自炊をしなければならない。ご飯を炊くのも、味噌汁作りも、洗濯も、すべて生まれて初めての経験だった。最初は味噌汁の作り方がわからず、東京にいる奥さんに「国際電話」してダシのとり方から指南を受けた。「けっこう高い味噌汁になったよ」と笑うが、そう言いながらけっこう楽しそうでもある。<br />
</p>]]>
<![CDATA[<p>　ルーキーリーグに所属しているのは、今年６月に行われたドラフトで指名された選手や、入団して３年以内の若手が中心。中南米の選手が大半を占めているため、そこいら中にスペイン語が飛び交っている。まだ英語がうまく話せない彼らのために週３回「英語クラス」が開かれているが、山下コーチはそこにも顔を出す。上から目線ではなく「僕も君たちと一緒に学んでいるんだ」という気持ちが、自然に、選手たちとの連帯感を生みだしているようだ。</p>

<p>　当初、そんな「門下生」たちから「ジャマシタ」と呼ばれて困惑した。彼らは親しみを込めてそう呼んでいたのだが…。というのも、スペイン語では「ＹＡＭＡＳＨＩＴＡ」の「ＹＡ」を「ジャ」と発音するため、それをとっさに頭の中で日本語に変換して「邪魔した」と聞いてしまったのだ。今年入団したばかりの若い選手に、いきなり「邪魔した！　邪魔した！」と連呼されてはムッとしただろうが、そんな誤解もすぐに解け、今では笑い話となっている。</p>

<p>　日本で指導者の立場であれば、些細なことでも親会社やマスコミからつつかれることもあってストレスになることも多い。しかし、この地ではそういうことにストレスを感じることが全くなく、選手たちを純粋に指導し、技術を伝え、成長の過程を見守ることができる。しかも「教える」ということだけでなく、若い選手から何かを「教わる」ことも多い。その心の柔軟性を保てるのも心地よく感じているようだ。</p>

<p>　５０度を超える酷暑の中での指導（自然条件）。初めての自炊、洗濯、掃除（単身赴任）。言葉（文化の違い）。日本にいれば安穏と暮らせるものを、なぜ敢えて苛酷な状況に自分を追い込んでいるのかを聞いてみた。</p>

<p>　「年齢的に無理がきくギリギリのところ。そこに身を置いて、いろいろな経験をしてみたかった。これを日本に帰って何かに繋げようとか、そんな野心は全くない。ただ僕は野球が好きだから…、だからここにいる…」。</p>

<p>　その答からは指導者としての理想的な姿が浮き彫りにされていた。　（この項おわり）</p>

<p><a href="http://www5.nikkansports.com/baseball/mlb/tetsuya/T-f-P20090727-tetsuya-yamashita-2.jpg"><img alt="内野守備コ－チとして内野手の動きに目を光らせる山下大輔氏" src="http://www5.nikkansports.com/baseball/mlb/tetsuya/T-f-P20090727-tetsuya-yamashita-2.jpg" width="400" height="300" /></a></p>

<p>写真＝内野守備コ－チとして内野手の動きに目を光らせる山下大輔氏<br />
</p>]]>
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<title>第２３１幕　山下大輔氏５７歳の初体験・・・その１</title>
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<modified>2009-07-21T08:44:37Z</modified>
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<summary type="text/plain">　アリゾナ州グレンデール。気温４６度。日本では体感したことがない「刺すような暑さ...</summary>
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<![CDATA[<p>　アリゾナ州グレンデール。気温４６度。日本では体感したことがない「刺すような暑さ」の中、その人はルーキーリーグに所属する若い選手たちを相手に、黙々と打撃投手を務めていた。午後５時、そろそろ日差しが西に傾こうかという時間になっても、暑さは一向に容赦しない。若い選手相手に２０分ほど投げ続けた後、マウンドを降りてくると頭には粒のような汗が光っていた。</p>

<p><br />
<img alt="f-bb-090721-7701.jpg" src="http://www5.nikkansports.com/baseball/mlb/tetsuya/f-bb-090721-7701.jpg" width="350" height="250" /></p>

<p><strong>※ロッカールームでユニホームを広げる山下大輔氏</strong><br />
</p>]]>
<![CDATA[<p>　「いや～。僕には（汗を）遮るものがないんでねえ」。頭の汗を拭き拭き、いきなり自分でギャグを飛ばす。今季、ドジャースのマイナーリーグ育成コーチに就任した山下大輔氏（元横浜ベイスターズ監督、日刊スポーツ評論家）である。真夏のアリゾナは、高温と１ケタ代の湿度のダブルパンチで、少し動いただけでも体力を消耗する。今年５７歳の体には正直こたえる。</p>

<p>　体力的なものと酷暑の中での打撃投手が務まるかどうか、不安はあった。１カ月ほど徐々に体を慣らしていったところ意外にいけることがわかり、今ではなくてはならない「投手」になっている。担当は内野守備コーチだが、そうして打撃投手を務めていると、選手の素質なども見抜くことができる。正直、あちこち体に張りは出るが、それ以上にやりがいも感じている。</p>

<p>　リハビリのため、上のクラスから降りてきている選手のためにも、早出をしてノックバットを握っている。日本での実績などを知っている選手たちは、そんな山下コーチに対して一応に尊敬のまなざしを向ける。これまで大雑把な野球しかやってきていない彼らにとって「いろいろな角度から丁寧に指導してくれるからとてもためになってありがたい」という声が上がっている。</p>

<p>　４勤１休のペースだが、休日にリハビリの選手たちがやって来れば休みは返上。それでも嬉々としてノックバットを握り、打撃投手を買って出る。次の時代の選手を育てる喜びと充実感を感じながら、これまで彼の野球人生にはなかった「初体験」が続く。真夏の砂漠のド真ん中で、文字通り野球漬けの日々を送っている。（つづく）</p>]]>
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<title>第２３０幕　藪、高津、伊良部、男40歳の熱い思い</title>
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<summary type="text/plain">　７月１１日、エンゼルスの取材を終え、ホテルに戻って資料整理にとりかかった時だっ...</summary>
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<![CDATA[<p>　７月１１日、エンゼルスの取材を終え、ホテルに戻って資料整理にとりかかった時だった。ケイタイ電話が鳴り「ＹＡＢＵ」と電話の主を示していた。今季はシーズン当初からジャイアンツ傘下のマイナー３Ａフレズノでプレーを続けていた藪恵壹投手（４０）からだった。それはチームを解雇されたという知らせ…。ふくらはぎを痛めて、思うような投球ができなかっただけに、さぞかし悔いを残しながらチームを離れたことだろう。<br />
</p>]]>
<![CDATA[<p>　くしくも藪にかわって３Ａフレズノに合流するといわれているのは、６月にジャイアンツとマイナー契約を結んだ高津臣吾投手（４０）だ。高津は９１年から０３年まで１３年間ヤクルトに、藪もまた９４年から０４年までの１０年間阪神に在籍してほぼ同時代に日本のプロ野球を背負ってきた。メジャー移籍は高津が０４年、藪が０５年と、メジャーのプレーでも重なった時期がある。その２人が時を経て、同じチームの入れ替わりになるというシナリオ。誰が書いたのだろうか…。</p>

<p>　一方、もう１人の４０歳、伊良部秀輝投手は、１度引退したが５年ぶりにマウンドに戻ってきた。野球から離れ５年の日々を過ごす間、マウンドに置き忘れてきたものが見つかったのかもしれない。時々見せる表情がやけに楽しそうだ。このまま順調にイメージを取り戻して行けば、決して容易くはないが、再びメジャーのマウンドに登ることも夢ではない。</p>

<p>　男４０歳。シチュエーションはそれぞれ違っているが、この３人に共通する思いは「もう１度メジャーのマウンドに登りたい」であり、明確な意思を持ってそれを目指している。行く人、来る人、男たちの交差点で見たものは、彼らの体にほとばしる「野球への熱い思い今もなお」だった。</p>]]>
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<title>第２２９幕　ランディ・ジョンソン300勝・取材顛末記</title>
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<modified>2009-06-08T06:12:53Z</modified>
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<summary type="text/plain">　ランディ・ジョンソンが３００勝を達成した。 　４月中旬、この３００勝達成に備え...</summary>
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<![CDATA[<p>　ランディ・ジョンソンが３００勝を達成した。</p>

<p>　４月中旬、この３００勝達成に備え、ジョンソンの生まれ故郷近くにある母校リバモア・ハイスクールの野球部をのぞいてきた。高校時代の最後の試合で完全試合を達成したというランディにとっては思い出深い場所であるはずだ。日本の高校野球の事例を考えた時、事前アポなし取材は多少無謀感もあったが、行ってみると監督やスタッフの方々が「何でもやっていいよ」という雰囲気で、とてもカジュアルに対応してくれた。</p>]]>
<![CDATA[<p>　球場に隣接した野球部の部室は「ランディ・ジョンソン　ベースボール・ファシリティー」と命名されており、中をのぞいてみると、運動クラブ部室にありがちな汗のにおいがツーンと鼻を突いてきた。クラブハウスの奥まった場所にも同じ名前が書かれてあり、彼らがいかに偉大な先輩を誇りに思っているかが伝わってきた。ここで過ごしたランディの若き日の姿を想像し、自分なりに思いをめぐらせていたその時、「事件」が起こった。</p>

<p>　部室の中にある監督室の扉の向こうから、マウンテンドッグ系の大型犬がいきなり２匹飛び出してきて、驚く筆者をなぎ倒し、ものすごい勢いでグラウンドに飛び出して行ったのだ。そういえば、この部室に入る前に「犬がいるから気をつけてね」といわれていたことを思いだしたのだが、人の背丈ほどの大型犬だとは思いもよらず、そのことさえ忘れかけていた時だった。</p>

<p>　２匹の大型犬は、解き放たれた嬉しさを爆発させ、野球場をところ狭しとかけめぐり、試合開始直前の静寂を完全に打ち破っていた。監督や野球部員が大型犬を捕まえようと、みんなで右往左往追いかけまわしている様子を目のあたりにし、申し訳ない気持ちでいっぱいになった。２匹の犬は何とか「捕獲」され、無事試合も始まった。やれやれ…である。</p>

<p>　ところで、このときまでランディは卒業後３０年近く、母校には１度も顔を出していなかったそうだ。ところが、その２週間後、何と突然母校に本人が現れ、１時間くらい野球部の連中と交流して行ったのだという。思えばその４月は２連敗からのスタートで、らしからぬ投球が続き、一部には「限界説」まで飛びかうようになっていた。おそらく…原点である母校に身を置くことで自分を見直すきっかけを掴んだのではないだろうか。</p>

<p>　この十数年、ランディの追っかけを敢行している筆者にとって、このマイルストーンはかなり嬉しかったのであるが、それよりあのリバモア高校の大型犬たちになぎ倒されそうになった恐怖がいまだトラウマになっていて、時折ランディと犬たちの姿がダブって見えるという取材後遺症も残っていたりする？</p>

<p>　ま、それはともかく、こうした周辺取材には表には出てこない思わぬ顛末記があったりするものなのだ。</p>]]>
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<title>第２２８幕　ワカマツ監督の中にある「日本」に期待</title>
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<modified>2009-05-15T12:20:36Z</modified>
<issued>2009-05-15T11:44:55Z</issued>
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<summary type="text/plain">　開幕ダッシュで好調をキープしていたシアトル・マリナーズに、このところ急ブレーキ...</summary>
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<email>terus@syun.co.jp</email>
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<![CDATA[<p>　開幕ダッシュで好調をキープしていたシアトル・マリナーズに、このところ急ブレーキがかかっている。そのチームを引っ張るのは、今季就任したドン・ワカマツ監督だ。ＭＬＢ初の日系人監督ということもあって、内外から注目を浴びていた。いきなりイチロー欠場という非常事態からのスタートとなったが、チームは好発進。冗談めかしながらとはいえ、アメリカの取材記者から「イチローがいなくても…」という声もあがっていたほどだ。<br />
</p>]]>
<![CDATA[<p>　いったんチームが下降線をたどり始めると、きまって「犯人捜し」をするのは日米お決まりのパターンのようだ。数日来、ネットでシアトルの情報をチェックしていると、その矢面に立たされている１人にイチローの名前があがっていた。メディアも、もっとグローバルな視点でチームを洞察し、リポートして欲しいものだが、ワカマツ監督は「イチローはチームの心臓だ」と、絶対になくてはならない存在と強調し続けてきた。</p>

<p>　イチローが欠場している間、「敬意を込めて５１番のユニフォームをベンチに掲げよう」というアイディアもワカマツ監督主導だった。これに関連して地元記者から「ではバットは？」という質問が出たが「ご存じのように」というような表情で「彼のバットには誰も触れることができないんだ」と実に軽妙な受け答えをし、イチロー欠場という非常事態でナーバスになっていた取材記者を笑いの渦に誘い、その場が和んでいたのが印象に残っている。</p>

<p>　シアトルの監督にドン・ワカマツを選んだ理由について、ジャック・ズレンシクＧＭはこう語っている。「１６２試合という長丁場では、必ず浮き沈みがある。その度に監督が一喜一憂していては、選手たちにも影響を及ぼすことになる。常に選手の身になって物事を考えることができ、どんな時にも精神的に安定感がある。それがドンだった」。選手としては大成できなかったが、それだけに、華やかな舞台の裏でチームを支えている人間の努力や苦労もわかる。まさに監督にうってつけの人物像だった。</p>

<p>　そんな人物像を形成したのは彼の中にある「日本」だった。毎日朝４時半から休むことなく働き続けた父親（日系３世）からは勤勉さを学び、併せて厳しいしつけもされた。日系２世に当たる祖父からは、意志が強く、礼儀正しく、そして自分を厳しく律することができる日本風の人間像を学んだのだという。イチローへのバッシングが取りざたされ、チームが悪い状況にある。こんな時だからこそ、ワカマツ監督の中にある「日本」が生きてくるのではないだろうか。<br />
</p>]]>
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