2009年10月13日
第239幕 凍てつく街の熱い戦い~デンバー
ポストシーズン、ロッキーズ対フィリーズ取材のため、ロサンゼルスからデンバーに向かった。デンバーに近づくとロッキー山脈の冠雪と下界の一面の雪野原が目に眩しく映った。と、その時突然機長から「ただいまのデンバーの気温は華氏17度(摂氏=-8・3度)です」とのアナウンスに一瞬耳を疑った。地元に住んでいるという臨席の人が、風があるためもっと寒く体感気温は-12度くらいだと教えられて更に驚いた。
10月10日、この日プレーオフ第3戦は雪のため中止となった。とにかく寒い。というか、刺すような冷たさに痛みさえ覚える。標高1600メートルの地にある街は山岳気候のため突然このような天気に見舞われるのだ。クワーズフィールドに行くと、内外野ともすっぽり雪で覆われ、早めに個人練習を終えた選手たちの姿はすでになく、フィールドは静寂に包まれていた。この球場は空気が薄くボールが飛びやすいため、ホームランバッターには歓迎されるが、投手にとっては災難の地だと言われている。
それでも今季ロッキーズではホルヘ・デラ・ローサが16勝、ウバルド・ヒメネスが15勝(いずれもキャリアハイ)と、左右の両腕がワイルドカード獲得に大いに貢献した。冬でも温暖な中南米出身の2人にとって、マイナス10度前後の気候は堪えるのではないだろうか。だが、ロッキーズ生え抜きのヒメネスはこの地に順応しているのか「空気も澄んでいるし、四季があって僕はなかなか気に入っているよ」とあまり気にしていない。広大な米大陸の各地で転戦する彼らにとって、いちいち悪条件、悪天候などの文句は言っていられないのだろう。
夏は酷暑に見舞われ、冬は凍てつく寒が襲いかかる。しかも平地に比べて空気が薄いというこんな自然条件の中でもロッキーズの選手たちは1シーズンを粛々と戦い抜き、そしてポストシーズン進出の切符を勝ち取ったのだ。この地で暮らす人々やロッキーズの選手たちに比べると、これまで体験したことのない気温に驚き「さむッ」だの「あり得な~い」だのといたずらに大騒ぎしてしまった自分が恥ずかしくなってきた。
1勝1敗で迎えた第3戦目はフィリーズに軍配。この時期にしては記録的な寒さの中で戦う監督や選手への質問は「寒さ」関連が多かった。凍てつく街デンバーで氷も溶かす熱い戦いが始まった。
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- 鉄矢多美子(てつや・たみこ)
- 福岡県に生まれる。成城大在学中から、硬式野球部のマネジャーを務めるかたわら、ウグイス嬢の道に。1977年にロッテ・オリオンズ球団(現在の千葉ロッテ・マリーンズ)に入社して、ウグイス嬢と広報担当を兼務。87年12月からフリーに。 野球のあるとこどこまでも、の精神で、日本国内はもとより、アメリカ大リーグをはじめ、キューバ、ドミニカ共和国、プエルトリコなどに足繁く通う。将来は野球をモチーフにした一大スペクタル小説を書くのが夢。著書は「サミー・ソーサ 心はいつもホームラン」(集英社インターナショナル)、「もっとカゲキにプロ野球」(講談社)、「素顔の野茂英雄」(小学館)、「熱球伝説」(岩波書店)。
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