2009年09月28日
第238幕 デリック・リーの家族…懐かしい顔との再会
全米の球場をウロついていると、思いがけなく懐かしい人に出会うことがある。9月24日からサンフランシスコで行われたジャイアンツ対カブス戦で、デリック・リーの母親、パメラと弟のブライアンに約20年ぶりに会った。
いたずら盛りだったブライアンも、今は地元でステーキハウスのシェフとして一本立ちし、結婚して一児の父親になっていたし、パメラは3人の子供たちが独立し悠々自適に暮らしている。とりわけ、メジャーリーガーとして活躍を続けている長男デリックの姿を満足げな表情で見守っていたのが印象的だった。
筆者はロッテのうぐいす嬢時代に、デリックたちの面倒を見たりしていた関係で、彼らが帰国してからも、細々と連絡を交わしていたが、デリックや父親のレオンにはアメリカで会えても、母親のパメラに会うチャンスがないままだった。だからそれはもう懐かしく、思わずハグしあい、ロッテ時代の話で盛り上がった。パメラは「多くの人たちに心から親切にしてもらった日本には、いい思い出がいっぱいなの」と懐かしそうな目をして、遠くになった思い出をたぐり寄せていた。
デリックとは川崎球場の放送室の周りで鬼ごっこをして遊んだり、遠征先の仙台のホテルではゲームの相手をさせられ、負けてあげないと機嫌を損ねるやんちゃ坊主だった…。時には、あまりのいたづらに耐えかね「stay here!(じっとしてなさい!)」などとヒステリックに叫んだこともあった。そのデリックが、今やメジャーリーガーとして押しも押されぬ一流の選手に成長して目の前でプレーしている―。何だか不思議な気持ちにもなる。
ウグイス嬢と助っ人選手だったその家族とが長い時を経てメジャーリーグの球場で再会するなど、誰が想像しただろうか。しかも、会えなかった長い時間など全く関係なく、一足飛びに「川崎球場」に戻り、しばし昔話に花が咲いたのだった。それもこれも、やんちゃ坊主だったデリックがメジャーの世界で成功を収めてくれたおかげだ。降ってわいたような感激の再会。そして、思いがけないこんな出来事に遭遇したりするから、この商売がやめられないのかもしれない…とも思った。
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- 鉄矢多美子(てつや・たみこ)
- 福岡県に生まれる。成城大在学中から、硬式野球部のマネジャーを務めるかたわら、ウグイス嬢の道に。1977年にロッテ・オリオンズ球団(現在の千葉ロッテ・マリーンズ)に入社して、ウグイス嬢と広報担当を兼務。87年12月からフリーに。 野球のあるとこどこまでも、の精神で、日本国内はもとより、アメリカ大リーグをはじめ、キューバ、ドミニカ共和国、プエルトリコなどに足繁く通う。将来は野球をモチーフにした一大スペクタル小説を書くのが夢。著書は「サミー・ソーサ 心はいつもホームラン」(集英社インターナショナル)、「もっとカゲキにプロ野球」(講談社)、「素顔の野茂英雄」(小学館)、「熱球伝説」(岩波書店)。
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