2009年09月04日
第236幕 約束のリストバンド~エ軍ケンドリーの秘話
2006年5月23日に22歳でメジャーデビューしたアナハイム・エンジェルスのケンドリー・モラレスが、4年目の今季初めてレギュラーに定着し、フルシーズンを送ろうとしている。ここまで打率3割1分3厘、打点94、本塁打30(9月3日終了時)の打撃成績はいずれもチーム1位で、目下エンゼルス内では3冠王。4年目にしてその本領を発揮している。

2001年に18歳でキューバのナショナル・シリーズでデビューした当時は、投手で4番。それまでの新人記録を9つも塗り替え新人王に輝いて、キューバの至宝リナレスの後継者と騒がれた。当然メジャー関係者から垂涎の的になっていた。そんな騒ぎの中、ハバナの球場でインタビューを試みた筆者は、その直後に警察官に取り囲まれ、職務質問をされたことがある。
「ケンドリーと何か話しをしていたようだが、どんなことをしゃべっていたのか」などなど…。社会主義国ではそう珍しいことではないのだが「アテネ五輪の4番」候補として浮上していたモラレスには、当時から政府機関が相当な神経を使っていたことが伺える。その後亡命を企てるも連続8度失敗。2004年6月8日、9度目の試みでやっと成功したことは、今では語りぐさになっている。
今季、開幕直後にそのキューバ時代の出来事を話す機会があった。ハバナ郊外のケンドリーの家でサルサを踊ったこと。お母さんがウサギ料理を作ってくれたこと。警察官に職務質問された筆者が一歩間違えば当局に拘束されていたかもしれなかったこと。それらのことを「共有」した時間がなつかしく甦ってきた。開幕から一塁のレギュラーを任され、多少のプレッシャーを感じていたようだが、そんな昔話で心なしか気持ちがほぐれてきたようにみえた。
話が終わり、クラブハウスを出ようとした時、ケンドリーが両手にしていた背番号19が縫い取られたリストバンドを外してくれた。「よし、今年はホームラン19本! 背番号分だけ打って」とハッパをかけたが、直後に両手分のリストバンドを掲げて「38本行っちゃおう!」と訂正した。2006年のデビュー以来5本、4本、3本とこれまで3シーズンで12本しか打っていない選手に、かなりのムチャブリだったかもしれないが、とにかく強引に約束した。
ところが、7月に背番号分の「19本」をクリアすると、8月に10本打って計30本とした。残り30試合で8本打てば、強引に約束させられた「38本」に到達する。果たしてどこまで数字を伸ばすことができるのだろうか? 残り1カ月、手元にある赤いリストバンドを眺めながら、試合経過を楽しみにする日が続く。
※写真=ケンドリー・モラレスの赤いリストバンド
※日記を書く方法はこちらで紹介しています。
この記事には全0件の日記があります。
- 鉄矢多美子(てつや・たみこ)
- 福岡県に生まれる。成城大在学中から、硬式野球部のマネジャーを務めるかたわら、ウグイス嬢の道に。1977年にロッテ・オリオンズ球団(現在の千葉ロッテ・マリーンズ)に入社して、ウグイス嬢と広報担当を兼務。87年12月からフリーに。 野球のあるとこどこまでも、の精神で、日本国内はもとより、アメリカ大リーグをはじめ、キューバ、ドミニカ共和国、プエルトリコなどに足繁く通う。将来は野球をモチーフにした一大スペクタル小説を書くのが夢。著書は「サミー・ソーサ 心はいつもホームラン」(集英社インターナショナル)、「もっとカゲキにプロ野球」(講談社)、「素顔の野茂英雄」(小学館)、「熱球伝説」(岩波書店)。
最近のエントリー
- FOX予想は松井ホワイトソックス移籍 [22日08:58]
- 松井ユニホームが「罰ゲーム」の作業着に [22日08:58]
- カブス左腕グラボウはFA残留1号 [22日08:20]
- 田口はメジャーにこだわらない [22日08:19]
- 松井外しヤ軍若返り、U25を7人登録 [22日08:15]
- 話題呼んだグリンキーのサイ・ヤング賞受賞 (渡辺史敏の「from New York」) [11月19日]
- 第242幕 バリー・ボンズは今…。 (鉄矢多美子「Field of Dreams」) [11月16日]
- 松井の去就はデーモンの動向と密接に関連 (渡辺史敏の「from New York」) [11月12日]
- 「テンションがち上がり!」 (イチロー語録) [11月11日]
- Wシリーズ大活躍松井、ヤ軍波乱必至 (渡辺史敏の「from New York」) [11月5日]