2009年08月26日
第235幕 ペドロ復活、白球に込めた父への誓い
オールスター直後にフィラデルフィア・フィリーズと契約したペドロ・マルティネスが、ここまで3試合に先発し、2勝と好発進している。速球もほとんどが80マイル台で、往年のイメージとは大きくかけ離れているが、それでも伝家の宝刀サークルチェンジを駆使し、マウンドに立てる喜びを投球に精一杯ぶつけている。
春先のWBCでは、ふがいないドミニカ共和国の投手陣の中にあって1人安定感のある投球を見せた。これで契約が決まるかと思われたが、キャンプ、開幕をすぎても、どのチームからもオファーがなかった。そればかりか、周囲からは限界説さえささやかれ始めていた。それでもペドロは「いつでも投げられる準備だけはしておこう」と、母国で孤独なトレーニングを続けていた。

故障が続き、2006年から3年連続で1桁という勝ち星に、一時は自身の口からも「引退」という言葉が飛び出すようになっていた。しかし昨年7月23日、最愛の父が他界したのを機に、その気持ちに変化が出てきた。ペドロには父親が闘病している間、ふがいない投球しか見せられなかったという悔いがあった。葬儀の際、父の棺に白球を入れ「納得するまでもう1度投げ抜く」と誓ったのだ。
ことあるごとに、ペドロはドミニカ共和国にあるドジャースのアカデミー、カンポ・ラス・パルマスに出向き、その施設の中にある周回コースで走り込みを行う。空が見えないほどにうっそうと生い茂った木立を縫って、落ち葉を踏みしめながら無心で走る。そこは世間の喧噪から抜けだし「無」になって自分と向き合える場所なのだ。ドジャースにスカウトされ、プロの起点となったその場所で1人黙々と走り込み、オファーを待っていた。
そんなペドロのもとに朗報が届いた。7月15日、フィリーズとの契約が決まったのだ。1周忌を前に亡き父が後押しをしてくれたような気がして、胸にこみ上げるものがあったのだという。それから約1カ月後の今月12日、フィリーズで今季初登板し初勝利。メッツ時代の昨年8月31日に勝利投手になって以来、実に1年ぶりの勝ち星だった。ペドロは今、父への誓いを新たに18年目のシーズンを駆け抜けようとしている。
※写真は練習のためドミニカ共和国のMLBアカデミーにやってきたペドロ・マルティネス
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- 鉄矢多美子(てつや・たみこ)
- 福岡県に生まれる。成城大在学中から、硬式野球部のマネジャーを務めるかたわら、ウグイス嬢の道に。1977年にロッテ・オリオンズ球団(現在の千葉ロッテ・マリーンズ)に入社して、ウグイス嬢と広報担当を兼務。87年12月からフリーに。 野球のあるとこどこまでも、の精神で、日本国内はもとより、アメリカ大リーグをはじめ、キューバ、ドミニカ共和国、プエルトリコなどに足繁く通う。将来は野球をモチーフにした一大スペクタル小説を書くのが夢。著書は「サミー・ソーサ 心はいつもホームラン」(集英社インターナショナル)、「もっとカゲキにプロ野球」(講談社)、「素顔の野茂英雄」(小学館)、「熱球伝説」(岩波書店)。
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