2009年05月15日
第228幕 ワカマツ監督の中にある「日本」に期待
開幕ダッシュで好調をキープしていたシアトル・マリナーズに、このところ急ブレーキがかかっている。そのチームを引っ張るのは、今季就任したドン・ワカマツ監督だ。MLB初の日系人監督ということもあって、内外から注目を浴びていた。いきなりイチロー欠場という非常事態からのスタートとなったが、チームは好発進。冗談めかしながらとはいえ、アメリカの取材記者から「イチローがいなくても…」という声もあがっていたほどだ。
いったんチームが下降線をたどり始めると、きまって「犯人捜し」をするのは日米お決まりのパターンのようだ。数日来、ネットでシアトルの情報をチェックしていると、その矢面に立たされている1人にイチローの名前があがっていた。メディアも、もっとグローバルな視点でチームを洞察し、リポートして欲しいものだが、ワカマツ監督は「イチローはチームの心臓だ」と、絶対になくてはならない存在と強調し続けてきた。
イチローが欠場している間、「敬意を込めて51番のユニフォームをベンチに掲げよう」というアイディアもワカマツ監督主導だった。これに関連して地元記者から「ではバットは?」という質問が出たが「ご存じのように」というような表情で「彼のバットには誰も触れることができないんだ」と実に軽妙な受け答えをし、イチロー欠場という非常事態でナーバスになっていた取材記者を笑いの渦に誘い、その場が和んでいたのが印象に残っている。
シアトルの監督にドン・ワカマツを選んだ理由について、ジャック・ズレンシクGMはこう語っている。「162試合という長丁場では、必ず浮き沈みがある。その度に監督が一喜一憂していては、選手たちにも影響を及ぼすことになる。常に選手の身になって物事を考えることができ、どんな時にも精神的に安定感がある。それがドンだった」。選手としては大成できなかったが、それだけに、華やかな舞台の裏でチームを支えている人間の努力や苦労もわかる。まさに監督にうってつけの人物像だった。
そんな人物像を形成したのは彼の中にある「日本」だった。毎日朝4時半から休むことなく働き続けた父親(日系3世)からは勤勉さを学び、併せて厳しいしつけもされた。日系2世に当たる祖父からは、意志が強く、礼儀正しく、そして自分を厳しく律することができる日本風の人間像を学んだのだという。イチローへのバッシングが取りざたされ、チームが悪い状況にある。こんな時だからこそ、ワカマツ監督の中にある「日本」が生きてくるのではないだろうか。
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- 鉄矢多美子(てつや・たみこ)
- 福岡県に生まれる。成城大在学中から、硬式野球部のマネジャーを務めるかたわら、ウグイス嬢の道に。1977年にロッテ・オリオンズ球団(現在の千葉ロッテ・マリーンズ)に入社して、ウグイス嬢と広報担当を兼務。87年12月からフリーに。 野球のあるとこどこまでも、の精神で、日本国内はもとより、アメリカ大リーグをはじめ、キューバ、ドミニカ共和国、プエルトリコなどに足繁く通う。将来は野球をモチーフにした一大スペクタル小説を書くのが夢。著書は「サミー・ソーサ 心はいつもホームラン」(集英社インターナショナル)、「もっとカゲキにプロ野球」(講談社)、「素顔の野茂英雄」(小学館)、「熱球伝説」(岩波書店)。
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