2009年05月07日
第227幕 「現役復帰します」伊良部40歳の飽くなき挑戦
「今年、現役に復帰します」。伊良部からその言葉を聞いたのは、3月21日のことだった。WBCの決勝リーグが行われるドジャー・スタジアムのネット裏、最前列に陣取り、熱心にJAPANの練習を見ていた伊良部を見つけ挨拶をすると、開口一番そう言われたのだ。2004年に引退して以来5年間のブランクがあるだけに、にわかに信じがたかったが、その顔つきは真剣そのものだった。
見れば、かつてヤンキースのスタインブレーナー・オーナーに「太ったヒキガエル」などとこきおろされた時代とは打ってかわって、体もグンと引き締まり、確かな目標に向かってトレーニングを続けているという風情が漂っていた。懸念されていた膝の具合について聞くと「全く問題ないです。これまでになく最高に調子がいい。球速も乗ってきた」と笑顔で続けた。
これまで、何かと「お騒がせ」なことばかりがクローズアップされてきたが、野球に対する思い入れはだれよりも強い。それをひしひしと感じたのは2001年~2002年にかけて、プエルトリコでウインターリーグに参加していた伊良部に会った時だ。当時、メディアには一切口を開かず、ナーバスになっていた時期だったので、あまり刺激しない方がいいと他の選手の取材をしていたら、突然、伊良部のほうから話しかけてきた。
試合中ベンチの横で2時間あまり…。野球界のことから野球理論に至るまで、幅広い持論を実に熱く語った。なぜそんなことを筆者にぶつけてきたのかはいまだに謎だが、おそらく自分の中で不完全燃焼に終わっていた部分のはがゆさを、どこかにぶつけたかったのだろう。自分がやり残してきたこと、野球に対する尽きぬ思い…。言葉の端々からはそんなことがほとばしっていた。
ドジャー・スタジアムで現役復帰の話を聞いてから、約1カ月後。伊良部のロングビーチ・アーマダ(米独立リーグ)との契約が発表された。代理人の団野村氏によれば「あれから(WBC以来)また10キロほど体を絞り込んで、いい状態でプレーできそうです」とのこと。40歳の飽くなき挑戦-。その本気度が伝わってきた。
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- 鉄矢多美子(てつや・たみこ)
- 福岡県に生まれる。成城大在学中から、硬式野球部のマネジャーを務めるかたわら、ウグイス嬢の道に。1977年にロッテ・オリオンズ球団(現在の千葉ロッテ・マリーンズ)に入社して、ウグイス嬢と広報担当を兼務。87年12月からフリーに。 野球のあるとこどこまでも、の精神で、日本国内はもとより、アメリカ大リーグをはじめ、キューバ、ドミニカ共和国、プエルトリコなどに足繁く通う。将来は野球をモチーフにした一大スペクタル小説を書くのが夢。著書は「サミー・ソーサ 心はいつもホームラン」(集英社インターナショナル)、「もっとカゲキにプロ野球」(講談社)、「素顔の野茂英雄」(小学館)、「熱球伝説」(岩波書店)。
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