2008年12月15日
第213幕 マダックス引退で甦る銀がみボールの謎
マダックスが引退した。
おそらくそうなるのではないかという予感は確かにあった。今季は春キャンプからシーズン終了まで、時間のある限り長男を帯同させ、メジャーリーガーとして後世語り継がれるであろう、自分の姿を瞼の奥に残しておこうという父親の気持ちがくみ取れたからだ。
もうひとつの理由は、キャリアの終盤にさしかかった選手に顕著に見受けられる顔の表情の変化である。その顔からは戦うための緊張感が徐々に消え失せ、まろやかさを帯びていったからである。おそらく自分では気づいていなかっただろうが、筆者のような者にも気軽に世間話をしてくるなど、今季は春キャンプから、いつものマダックスとは何かが違っていた。
「精密機械」というニックネームからは、少々神経質なイメージを受けるが、実はけっこう冗談好きでいたずらっぽい性格の持ち主だ。クラブハウスでは周囲を笑いに誘う名人でもあった。アトランタ時代に「なぜ、そんなに正確なコントロールができるようになったのか?」と、ぶしつけに聞いたことがある。すると「そんなに知りたいなら、今その秘密を見せてあげるよ」と、その場からすっくと立ち上がった。
すると、食べていたホットドッグを包んでいた銀がみを小さくクシャクシャっとまるめて、自分の位置から20メートル以上離れていたごみ箱のド真ん中にそれを投げ込んだ。唖然としていると「じゃ、今度は右の淵すれすれに投げるよ」と言って、それを正確にコントロールした。またまた驚いていると「これが僕のコントロールの秘密だよ。分かった?」と聞いてきた。
もちろん、分かるわけがないから戸惑っていると、マダックスは「ホットドッグだよ」といたずらっぽい目つきをしながら答えた。ホットドッグとコンントロールにどんな関係があるというのか。筆者の頭の中はこんがらがってしまった。「つまり、ホットドッグを食べると、その油が指先に着く。その油をうまく使ってボールをあやつっているのさ」。そういって大笑いした。クラブハウス中に笑いの渦は広がった。
もちろん、試合でそのようなことをすれば違反行為になる。となれば、筆者は完璧にからかわれていたことになる。つまり「なぜ、そんなに正確なコントロールができるようになったのか?」というド素人のぶしつけな質問に対して、「そんなことは短時間に言葉で答えられる問題ではない」というマダックスの「答え」が、ホットドッグの銀がみボールだったというわけだ。
遠く離れたごみ箱に正確にコントロールされた銀がみボールの軌道は、今でも脳裏に焼き付いている。もしかしたら、正確にコントロールする練習という意味では、あながちからかっていたわけではなかったのかもしれない。マダックス引退の報に触れ、なぜか、収れんしていたはずの銀がみボールの謎が再び心の中に浮かび上がってきた。
現役を離れた今なら、その「謎」に答えてくれるかもしれない。今度どこかで会ったら聞いてみたい。
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- 鉄矢多美子(てつや・たみこ)
- 福岡県に生まれる。成城大在学中から、硬式野球部のマネジャーを務めるかたわら、ウグイス嬢の道に。1977年にロッテ・オリオンズ球団(現在の千葉ロッテ・マリーンズ)に入社して、ウグイス嬢と広報担当を兼務。87年12月からフリーに。 野球のあるとこどこまでも、の精神で、日本国内はもとより、アメリカ大リーグをはじめ、キューバ、ドミニカ共和国、プエルトリコなどに足繁く通う。将来は野球をモチーフにした一大スペクタル小説を書くのが夢。著書は「サミー・ソーサ 心はいつもホームラン」(集英社インターナショナル)、「もっとカゲキにプロ野球」(講談社)、「素顔の野茂英雄」(小学館)、「熱球伝説」(岩波書店)。
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