2008年08月05日
第200幕 地球1周、3万5000キロ野球の旅
7月初旬に日本を出て地球を1周した。成田からアムステルダム、アメリカの都市を1カ月まわって、3万5000キロあまり。日本に立ち寄らず韓国に向かう機内でこのコラムを書いている。ニッカンスポーツコムで回を重ねること200回。時には更新が遅れ、身の上に何か起こったのではないかなどと心配してくださる方もいて、そんな多大なご迷惑をおかけしながら、区切りの回を迎えることができた。
さて、アメリカから韓国までの12時間あまりのフライトの機内で、この1カ月の出来事を振り返ってみた。まず、オランダでキューバナショナルチームの選手たちと共に過ごした1週間は、楽しくもあり、複雑な思いにもさせられた。
彼らが使っているグラブを見ると、ひび割れたもの、一昨年のWBCで相手チームの選手にもらったもの、くたくたになってこれでよくやっているなあと思えるものなどなど、さまざまだ。せめてと思い代表選手分のグラブをSSKに協力してもらって特別に作成してもらった。北京では使用できないまでも次のWBCには使えそうだ。真新しいグラブを手にした選手たちは、初めてグラブを買ってもらった少年のような弾ける笑顔をしていた。
アメリカに入ると、MLBの試合はもちろん、3Aのオールスターゲーム、2Aの試合も見る機会に恵まれた。メジャーがすぐそこに見えている選手や、長くマイナー暮らしが続いている選手など、これまたさまざま。そんな中、5月31日にメジャーデビューしたオークランドの、ブラッド・ジーグラー投手がデビューからの無失点新記録を101年ぶりに更新した。フィリーズのマイナーを解雇され、独立リーグから再起を図った苦労人。記念のボールを大事そうにかかえて帰る後姿に、それまで彼の名前すら知らなかった自分が恥ずかしくなった。
西海岸ではアメリカのオリンピックチームの集合日に顔を出した。3A、2Aの取材で出会った旧知の選手の顔もあって、彼らがオリンピックの舞台に登場するのだと思うと、日本のことを忘れて思わず「がんばってね」と声をかけてしまった。取材の帰り際、USAチームのジョンソン監督に「キヲツケテネ」と日本語で言われた。世界中を飛び回っている無謀な行動が見抜かれているようで、そこには多少の動揺を覚えた自分がいた。
サンディエゴでは、6月に右鎖骨を負傷し故障者リスト入りしていた井口がおよそ2カ月ぶりにメジャーに復帰、元気な姿を見せてくれた。同じ日、右中指のじん帯を痛めていたジャイアンツ藪もチームに合流。ちょっとほっとした気分でアメリカを後にした。こんなことを書いている間に飛行機はインチョン空港に着いた。韓国ではオリンピック直前の韓国、オランダ、キューバが最後の仕上げを行っている様子を覗くつもり。さあ、取材だ。またここから3万5000キロの旅の続きが始まる。
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- 鉄矢多美子(てつや・たみこ)
- 福岡県に生まれる。成城大在学中から、硬式野球部のマネジャーを務めるかたわら、ウグイス嬢の道に。1977年にロッテ・オリオンズ球団(現在の千葉ロッテ・マリーンズ)に入社して、ウグイス嬢と広報担当を兼務。87年12月からフリーに。 野球のあるとこどこまでも、の精神で、日本国内はもとより、アメリカ大リーグをはじめ、キューバ、ドミニカ共和国、プエルトリコなどに足繁く通う。将来は野球をモチーフにした一大スペクタル小説を書くのが夢。著書は「サミー・ソーサ 心はいつもホームラン」(集英社インターナショナル)、「もっとカゲキにプロ野球」(講談社)、「素顔の野茂英雄」(小学館)、「熱球伝説」(岩波書店)。
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