2008年07月03日
第196幕 亡命キューバ選手の北京五輪
ホワイトソックスのアレクセイ・ラミレス(キューバ出身)が、新人ながら素晴らしい働きを見せている。当然、北京五輪でも中心選手となるはずだったが、昨年9月に亡命。約4カ月後の今年1月にはホワイトソックスと4年契約を結んでいる。キューバの野球選手が「亡命」というと、ボートに乗ったり、他国で遠征中にホテルから抜け出したりと、命がけの脱出劇が主流だが、実はこの人、堂々とキューバから飛行機で国を出ている。
周知の通り、キューバでは特に野球のナショナルチームクラスの選手が、個人的なことで国を出る許可は絶対に降りない。なぜラミレスが人目をはばかることなく大手を振って?国を出ることができたのか? ずっと不思議に思っていた。5月にインターリーグのためサンフランシスコにやってきたラミレスに、どのような手はずで国を後にしたのかを、思い切って聞いてみた。
ハバナとサントドミンゴ(ドミニカ共和国)間に、週2便、国営キューバ航空の直行便が出ているが、それに乗ってドミニカ共和国に渡ったというのだ。カリブ海沿岸を放浪することが多い筆者も、2時間あまりで両国を行き来できるこの区間のフライトはとても重宝している。だが外国人ならともかく、彼がなぜ、そのフライトに乗ることができたのか? 答は意外なところにあった。
ラミレスはドミニカ共和国の女性と結婚し、子供とともにキューバに住んでいたが、奥さんがお里帰りのため子供たちと自国に帰った際、「家族に会いに行く」と言って出国許可をとったというのだ。ほとんどのキューバの選手は政府の目を盗んで命からがら逃げ出すため、オリンピックで獲得したメダルなど、持ち出す余裕もないが、用意周到だった彼は、アテネで獲得した金メダルもしっかり持って国を出てきたのだという。
4月に1割3分厘だった打率も、5月には2割9分5厘、6月は3割5分5厘と本来の力を見せ始めている。守備では主にセカンドを守っているが、ショート、外野もこなすユティリティーぶりを発揮している。自分が出場するはずだった北京五輪に関しては「こうして、メジャーリーグでプレーしていても、僕の心はいつもキューバにある。だからみんなと一緒にオリンピックを戦うんだ」。やむなく亡命という形をとったものの、心は北京五輪で金メダルを狙うキューバチームの輪の中にあると言ってはばからない。
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- 鉄矢多美子(てつや・たみこ)
- 福岡県に生まれる。成城大在学中から、硬式野球部のマネジャーを務めるかたわら、ウグイス嬢の道に。1977年にロッテ・オリオンズ球団(現在の千葉ロッテ・マリーンズ)に入社して、ウグイス嬢と広報担当を兼務。87年12月からフリーに。 野球のあるとこどこまでも、の精神で、日本国内はもとより、アメリカ大リーグをはじめ、キューバ、ドミニカ共和国、プエルトリコなどに足繁く通う。将来は野球をモチーフにした一大スペクタル小説を書くのが夢。著書は「サミー・ソーサ 心はいつもホームラン」(集英社インターナショナル)、「もっとカゲキにプロ野球」(講談社)、「素顔の野茂英雄」(小学館)、「熱球伝説」(岩波書店)。
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