2008年06月18日
第194幕 父の日勝利―引退と向き合うペドロの想い
自分のイメージする投球ができないもどかしさ。ここ数年、怪我や故障に見舞われ満足なプレーができていないペドロ・マルティネスは、現役続行か引退かというジレンマに揺れることが多くなってきている。我々の目にはまだどこかに、豪速球を投げ込み、面白いように三振の山を築いていくイメージがこびりついているが、今のペドロにそんな全盛期の姿を見ることはできない。
ペドロ自身もキャリアの終盤に差し掛かっているという自分の状況は十分に理解している。だから、パフォーマンスがうまくいかなければ、そのもどかしさが増幅されるのだ。
今季はキャンプでの調整もまずまずで、開幕から張り切っていたが、4月1日の登板で右足を痛め、1試合投げただけでそこから実に2カ月間マウンドを離れることになった。「引退」説が飛び交ったのは、そんな時だった。
不幸は重なるもので、ドミニカ共和国に住む父親が脳腫瘍で入院することになる。「野球をやめて故郷に帰り、心行くまで父親の看病をしたい」。父親との残された時間を思ったとき、ペドロの心は激しく揺れた。その一方で「野球ができなくなったわけでもないのに、シーズン途中で引退を決めて故郷に帰る。子供のころから野球の手ほどきをし、ここまで自分を導いてくれた父親が、それを喜ぶだろうか」。ペドロは自分に問いかけてみた。
答えは明白だった。「(引退という)サインが出たら、ボールはそのときに置けばいい。それまではマウンドに登り続けよう。その方が父は何倍も嬉しいはずだし、自分も納得できる」。今季4度目の登板はくしくも6月15日、父の日だった。病床の父を思いやりながらの投球で、ペドロは見事に白星(今季2勝目)を飾った。最近、入院先の病院から自宅に戻って療養しているという父親には、最高のプレゼントとなったであろうことは容易に想像できる。
ニューヨークのメディアを中心に、一時は引退をも辞さない…というニュアンスのニュースが伝わってきたが、今のペドロに、その心の揺れはない。「父のこと…。引退…。何をどうあがいてみたって、容赦なくその時はやって来るものなんだ。それまで自分にできることといえば、一心腐乱に投げ抜くこと」。それはメジャー17年目にして初めて到達した、雑念のない世界でもあった。
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- 鉄矢多美子(てつや・たみこ)
- 福岡県に生まれる。成城大在学中から、硬式野球部のマネジャーを務めるかたわら、ウグイス嬢の道に。1977年にロッテ・オリオンズ球団(現在の千葉ロッテ・マリーンズ)に入社して、ウグイス嬢と広報担当を兼務。87年12月からフリーに。 野球のあるとこどこまでも、の精神で、日本国内はもとより、アメリカ大リーグをはじめ、キューバ、ドミニカ共和国、プエルトリコなどに足繁く通う。将来は野球をモチーフにした一大スペクタル小説を書くのが夢。著書は「サミー・ソーサ 心はいつもホームラン」(集英社インターナショナル)、「もっとカゲキにプロ野球」(講談社)、「素顔の野茂英雄」(小学館)、「熱球伝説」(岩波書店)。
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