2008年06月04日
第192幕 「1球トリプルプレー」の藪と記念ボール顛末記
それは「あっ」と言う間のできごとだった。5月30日のジャイアンツ対パドレス戦。藪が同点の8回、無死一、二塁のピンチの場面でマウンドに登った。対するパドレスの打者クーズマノフが藪の投じた初球をたたき、サードゴロに打ち取られた。そのボールがサードからセカンドに、セカンドからファーストへと転送され、たった1球でトリプルプレーを完成させたのだ。
筆者はこの日、ドミニカ共和国、キューバとカリブ海沿岸地域の取材を終えてサンフランシスコに着いたばかりだった。ロングフライトの疲れと時差ぼけも手伝い、頭がボーッとしていたため、自分の目の前に起こっていることが、まだ半分夢の中だった。しかし、記者席では、過去の記録などの説明が延々となされ、正真正銘のトリプルプレー成立だと判ったとき、眠気が一気に吹き飛んでいた。
ところが、このトリプルプレーには顛末記がある。肝心要のそのボールの行方がわからなくなってしまったのだ。よくよく聞いてみると、記録達成の瞬間、1塁手のバウカーがそれと気づき、そのボールをベンチに戻した。ところが、そのボールと気づかなかった植松ブルペン捕手が、イニングの合間にレフトのリーワイスとキャッチボールをしたため、そのままボールが行方不明になってしまったというのだ。
みんなに「記念ボールは?」と聞かれた藪は「どこかに行ってしまたようで…」と落胆の色を見せていた。ところが、翌日、筆者がクラブハウスの前を通りかかると、右手のこぶしにボールを乗せてルンルンな顔をした藪と遭遇した。「あったんですよ! ボールが!」。顔はもうニッコニコ。ブルペン用のボールを入れるバックの中から「たしかに、これだ」というボールが見つかったのだという。
しかし、いかにそれが「三重殺」のボールであっても、メジャリーグではそれを承認するシールがなければ、それだとは認められない。周囲ではメジャー初ヒットに続き、初本塁打を打ったホーイッツが2日連続で記念ボールに「証明シール」が貼られた。藪もMLBから派遣された係員にアピールした結果、2日遅れで見事シールが貼られることになった。数奇の運命をたどった?ボールは、今「本物の証明」を得て、藪のロッカーの戸棚で安らぎのときを迎えている。
「ところで、1球でトリプルプレーは、過去にあったのかなあ? もしなければ、ギネスに申請しようっと」。シールをもらい、正真正銘を位置づけられたボールの持ち主藪は、シールを貼ってもらう前とは打ってかわって、とたんに元気になっていた。
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- 鉄矢多美子(てつや・たみこ)
- 福岡県に生まれる。成城大在学中から、硬式野球部のマネジャーを務めるかたわら、ウグイス嬢の道に。1977年にロッテ・オリオンズ球団(現在の千葉ロッテ・マリーンズ)に入社して、ウグイス嬢と広報担当を兼務。87年12月からフリーに。 野球のあるとこどこまでも、の精神で、日本国内はもとより、アメリカ大リーグをはじめ、キューバ、ドミニカ共和国、プエルトリコなどに足繁く通う。将来は野球をモチーフにした一大スペクタル小説を書くのが夢。著書は「サミー・ソーサ 心はいつもホームラン」(集英社インターナショナル)、「もっとカゲキにプロ野球」(講談社)、「素顔の野茂英雄」(小学館)、「熱球伝説」(岩波書店)。
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