2008年04月14日
第187幕 野茂のメジャー登板に思うこと
3月中旬のことだった。ロイヤルズのキャンプ地でアメリカの担当記者がこんなことを聞いてきた。「ノモはオマハ(ロイヤルズの3A)でもやるつもりがあると思うか、それとも…」。
そのころには先発陣がほぼ固まり、先発にスポットがない状態になっていた。その問いかけは「あれだけの実績を残してきたノモが、こんな苦労をしてまでなぜ? という思いと、先発に固執すればまちがいなくスポットがもらえない。となると引退?」といわんばかりの問いかけだった。
どんな言葉を駆使しても、野茂の思いは説明できないと思ったが、その記者には、まずベネズエラのウインターリーグに挑戦したときのことを、例にとって話すことにした。
ドジャース時代にバッテリーを組んだことのあるカラカス・ライオンズのカルロス・ヘルナンデス監督は、トルネード旋風を巻き起こした頃の絶頂期の野茂も、その後マイナーで苦戦し、ドン底にいた頃の野茂もずっと見続けてきた人物で、その彼がこんなことを言った。
「ノモはベネズエラにとっても、このチームにとっても、とても大切だし、また素晴らしいお手本だ。ノモのような選手がベネズエラまで来てくれ、ここからまたメジャーを目指そうとしている。そんな姿を見せてくれるだけで、限りなく教えられるものがある」。
肩や肘の手術を受け、辛いリハビリを経てまで自分の思いを貫こうとしている姿勢、どんな状況下にあろうと、野球に真摯に取り組み、あきらめない気持ちと、野球に対する変わらぬ熱い思いは、ヘルナンデス監督に伝わり続けていたのだ。この監督の言葉を置き換えれば、野茂の野球選手としてのあり方は、ベネズエラだけでなく、もちろんロイヤルズにとっても、その他すべての選手たちにとっても「素晴らしいお手本」なのである。
何かと物事を合理的に考える傾向にあるアメリカ人にとっては「メジャーで確固たる足跡を残してきた野茂が、なぜこうまでしてチャレンジしなくてはならないのか」と、不思議に思えたのかもしれない。そうしたことを理解してもらうには、野茂の姿勢や生き方などを、例に取りながらの説明が一番だった。
ふと、ベネズエラのウインターリーグに挑戦した時、野茂が「野球が好き…というより、野球をすることが好き」だと言っていたことを思い出した。「彼は少年のように目を輝かせ、臆面もなくそう言ったの。だから、よしんばマイナースタートであっても、野球がやれるチャンスがあれば絶対に続けると思う」。その記者は、メモをとり続けながら、時にウンウンとうなずき「ふ~む。野球をすることが好き…。なるほどね」と言って走らせていたペンを止めた。
あれから3週間後。「野茂、1000日ぶりのメジャー登板」。こんな見出しが新聞に踊った。3月31日のシーズン開幕にこそ間にあわなかったが、4月5日に昇格。自らメジャーの座を勝ち取ったのだ。8日からのロイヤルズ本拠地開幕のオープニングセレモニーにはチームメイトと肩を並べて、国歌を聴いた。1995年に海を渡ってから14年。この間、メジャー傘下のチームも加えれば、ロイヤルズは実に10球団目の所属となった。
そして…、メジャーのマウンドに帰ってきた野茂を目の前にしたあの記者は、その日どんな思いで野茂の記事を書いたことだろうか。
- 鉄矢多美子(てつや・たみこ)
- 福岡県に生まれる。成城大在学中から、硬式野球部のマネジャーを務めるかたわら、ウグイス嬢の道に。1977年にロッテ・オリオンズ球団(現在の千葉ロッテ・マリーンズ)に入社して、ウグイス嬢と広報担当を兼務。87年12月からフリーに。 野球のあるとこどこまでも、の精神で、日本国内はもとより、アメリカ大リーグをはじめ、キューバ、ドミニカ共和国、プエルトリコなどに足繁く通う。将来は野球をモチーフにした一大スペクタル小説を書くのが夢。著書は「サミー・ソーサ 心はいつもホームラン」(集英社インターナショナル)、「もっとカゲキにプロ野球」(講談社)、「素顔の野茂英雄」(小学館)、「熱球伝説」(岩波書店)。
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