2008年03月28日
第185幕 桑田は野球の神様の化身?
桑田真澄の突然の引退―。「無常観」と題した彼のブログで、その心情の一片に触れ、一つ一つのセンテンスが体にしみ込んできた。人生の転機、決断のときに直面して、これほど穏やかに、冷静に、また、何もかも達観したかのように、23年間のプロ野球生活を締めくくれるものなのだろうかと思った。
「不変なもの、永遠というものは存在しないんだと改めて思うよ。しかし、その自然な流れが、また、たまらなく美しくも感じてしまうよね。本当に世の中には、永遠なものはないよね。家族、友達、命、財産など、100年後、500年後は、間違いなく変わっているからね。何一つ変わらないものはないよね。だからこそ、その一瞬、一瞬を、感性を研ぎ澄まして生きていきたいよね」(ブログより)
こんな報に接する3週間前のことだった。キャンプ地のブラデントンで、取材の終わりに桑田がスタッフを食事の席に招いてくれた。その時、筆者はこんなことを口走ってしまった。「以前からずっと思っていたことですが、桑田さんって、本当は野球の神様の化身じゃないんですか?」。なぜ唐突にそんなことを本人にぶつけてしまったのか、今でも理由はみつからない。
そして「これまでそう思わせるフシが何度もあった…」としつこく食い下がる筆者に対して、「そう?」と柔和な笑顔を返し、桑田はそれ以上その話題に触れようとしなかった。「流された」ようにも思えるそんなリアクションから「ますます怪しい」などという妄想を勝手に膨らませ、周囲の友人たちに「桑田真澄」=「野球の神様の化身」を力説して歩いた。
これまで土俵の外で、どれだけ多くの誹謗中傷記事を書かれたことか。私生活にまで踏み込まれ、家族も含めて標的にされてきた。こんなことをされれば、人間だれしも怒りの炎に包まれ、プレーに集中力を欠いてしまう。それでも桑田は着実に、淡々と自分の道を歩いてきた。それ一つとっても、人間のなせる業ではないような気がしてならないのだ。
その後もう一度、桑田と顔をあわせる機会があった。このとき別れ際に桑田がこんなことを言った。「本当に世界中が平和であってほしいね。戦争なんかない世の中になってくれればと心から願うよね」。生き残りをかけて争っている日々。何という心のゆとり、何という心の大きさだろうと思った。だが、野球の世界を超えたその言葉の向こう側に、ある種、この日を迎える覚悟を感じなかったわけではない。
彼のブログの終わりに「心より野球の神様に感謝し…」というくだりをみつけた。自分が野球の神様の化身だとバレないように、そう書いたのだろうか? と、またしても妄想がかけめぐる。それにしても、何と見事な男の引き際だったことだろうか。
- 鉄矢多美子(てつや・たみこ)
- 福岡県に生まれる。成城大在学中から、硬式野球部のマネジャーを務めるかたわら、ウグイス嬢の道に。1977年にロッテ・オリオンズ球団(現在の千葉ロッテ・マリーンズ)に入社して、ウグイス嬢と広報担当を兼務。87年12月からフリーに。 野球のあるとこどこまでも、の精神で、日本国内はもとより、アメリカ大リーグをはじめ、キューバ、ドミニカ共和国、プエルトリコなどに足繁く通う。将来は野球をモチーフにした一大スペクタル小説を書くのが夢。著書は「サミー・ソーサ 心はいつもホームラン」(集英社インターナショナル)、「もっとカゲキにプロ野球」(講談社)、「素顔の野茂英雄」(小学館)、「熱球伝説」(岩波書店)。
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