2008年03月21日
第184幕 贈る言葉~ヒルマン監督から福留へ

キャンプも終盤。例年、このあたりから選手たちの表情がグッと引き締まってくる。鳴り物入りでカブスに入団した福留はどうなのか。彼のもとを訪れると、意外にも余裕の表情を漂わせていた。未知の世界。不安がないわけはない。だが、その余裕、オリンピックなど数々の国際舞台を踏んできた経験こそが、こんなところで生きているのではないだろうかと思った。
ところで、18日の試合前、カブスの対戦相手、ロイヤルズ・ヒルマン監督が「福留と話がしたい」と言い出した。練習が終わり昼食を終えた福留が、自軍の打撃練習をケージの裏で見守るヒルマン監督のもとに歩みよった。「ヘーイ、ゲンキデスカ?」と、流暢な日本語で福留に語りかけるヒルマン監督とガッチリ握手。次のようなやりとりが行われた。
ヒルマン監督 「どうですか? アメリカのベースボールスタイルは?」
福留 「はい。大丈夫です」
ヒルマン監督 「本当?身体は大丈夫?」
福留 「はい、元気です」
ヒルマン監督 「(打順は)何番? 2番? 7番?」
福留 「2か3か5番です」
ヒルマン監督 「ルー(監督)は?
福留 「いい人です。彼はすぐ怒るけど、でもいい人です」(笑)
ヒルマン監督 「今、一番チャレンジしていることは?」
福留 「特にないです。日本でやっていた事をここでやればいいだけですから」
ヒルマン監督 「それはいいねえ。スイングもいいし、あとは(開幕までの)調整が大事だね。もし何かアドバイスが必要だったらいつでも連絡ください。私はあなたを応援しているから」
と、こんなやりとりがあった後、話題は「核心」に触れた。ヒルマン監督が昨年の日本シリーズで戦った、お互いが所属していたチームを引き合いに出し「ファイターズ対ドラゴンズはもう終わり。今度はカブス対ロイヤルズだね」と言った。日本のプロ野球を卒業した2人が、舞台をこのメジャーに移し、今度はワールドシリーズで合間見えようじゃないかというのだ。ヒルマン監督が贈ったこのメッセージに対して、もちろん福留に異存があるわけがない。
※写真はヒルマン監督と福留
- 鉄矢多美子(てつや・たみこ)
- 福岡県に生まれる。成城大在学中から、硬式野球部のマネジャーを務めるかたわら、ウグイス嬢の道に。1977年にロッテ・オリオンズ球団(現在の千葉ロッテ・マリーンズ)に入社して、ウグイス嬢と広報担当を兼務。87年12月からフリーに。 野球のあるとこどこまでも、の精神で、日本国内はもとより、アメリカ大リーグをはじめ、キューバ、ドミニカ共和国、プエルトリコなどに足繁く通う。将来は野球をモチーフにした一大スペクタル小説を書くのが夢。著書は「サミー・ソーサ 心はいつもホームラン」(集英社インターナショナル)、「もっとカゲキにプロ野球」(講談社)、「素顔の野茂英雄」(小学館)、「熱球伝説」(岩波書店)。
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