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2010年12月15日

第274幕 ビリー・ビーンGMの思うこと

 先月行われたGMミーティングから、今月のウインターミーティングまでの約1ヶ月間というものは、来る日も来る日も各球団のGMの動向に注目し、彼らの姿を見れば追いかけまわすことに終始していたような気がする。ポスティング関連では楽天の岩隈、ロッテの西岡の状況推移、契約問題では松井、上原、黒田の動向など、それらの懸案に関してすべてGMが握っているからだ。

 特に日本の取材陣が鵜の目鷹の目になっていたのは、アスレティックスのビリー・ビーンGMだったのではないだろうか。後にご破算になってしまったが、ポスティングで岩隈との交渉権を得、次に松井秀喜の移籍が噂されていたため、必然的に日本の注目はキーパーソンであるビーンGMに集中したのだ。結局、松井のアスレティックス移籍が決まり、14日に入団会見が行われて、追いかける側も、追いかけられる側も一段落となった。

DSCN0917.jpg

 そのビーンGM。折りに触れて「数字やデータというものはその選手を知る上で最も重要な要素だと思っている」と言う。データを重視したセイバーメトリクスという手法でチーム作りを行ってきたことはあまりにも有名なことだ。もちろん日本人選手に関してもその手法で分析を重ね、常に注目し続けてきた経緯がある。

 「イチローや松井などを見てもわかるように日本人選手の素晴らしさはすでに証明済みだ。私はこの球団に日本人選手がいてくれたらそれはもう最高だと思っている。日米間のルールやバゼットの問題もある。あらゆることがクリアできれば獲得に動く」と常々言っていた。早くからその「パワフルな打力」に惚れ込んでいただけに、球団の予算に見合った額で折り合いが着き、松井が獲得できたことに満足しているだろう。

 ビーンGM自身、1980年にドラフト1位でメッツに入団しているが、メジャーには定着できなかった。「今思えば、選手としては成功できなかったことが、どうすれば成功できるかを考えるきっかっけになっているような気がする」という。そしてビーンGMのいう「成功のきっかけ」を、打の起爆剤として迎えた松井に見ているのかもしれない。

写真=常に独創的な考えのもと、チーム作りをするビリー・ビーンGM


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ガンちゃんのまいど!
鉄矢多美子(てつや・たみこ)
 福岡県に生まれる。成城大在学中から、硬式野球部のマネジャーを務めるかたわら、ウグイス嬢の道に。1977年にロッテ・オリオンズ球団(現在の千葉ロッテ・マリーンズ)に入社して、ウグイス嬢と広報担当を兼務。87年12月からフリーに。  野球のあるとこどこまでも、の精神で、日本国内はもとより、アメリカ大リーグをはじめ、キューバ、ドミニカ共和国、プエルトリコなどに足繁く通う。将来は野球をモチーフにした一大スペクタル小説を書くのが夢。著書は「サミー・ソーサ 心はいつもホームラン」(集英社インターナショナル)、「もっとカゲキにプロ野球」(講談社)、「素顔の野茂英雄」(小学館)、「熱球伝説」(岩波書店)。

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