2008年8月05日
育成から昇格の内村が1軍デビュー
「夢に一歩前進だ!!花を咲かせる!!」と力強く言うのは楽天の新人で育成選手だった内村賢介内野手(22)だ。
7月22日巨人戦(ジャイアンツ球場)の前に代表に呼ばれ、支配下選手となることを告げられた。7月23日、晴れて支配下選手として契約。背番号「121」から「98」に変更。7月23日巨人戦はユニホームが間に合わず背番号121で出場した。そして1軍昇格を果たすと8月3日の日本ハム戦で1軍デビュー。初打席初安打をマークした。
中学時代は二塁手と遊撃手で打順1、2番だった。高校時代の通算打率は3割4分以上、本塁打5本、打順は2番で遊撃手。JFE西日本で通算打率3割以上、本塁打0、打順は2、8、9番が多かった。「プロの指導を受けたい。野球を続けたい」と思いBCリーグ石川に入った。BCリーグで72試合に出場し、通算打率2割7分1厘、本塁打0、盗塁31(盗塁王)を記録した。キャンプでも「リーグの代表として恥じないような練習姿勢を見せようと頑張った」と言う。
イースタン・リーグ初出場は3月22日湘南戦(横須賀)で途中出場。初打席は3月26日ロッテ戦(ロッテ浦和)で7回から守りで遊撃手に入った。守備機会は1(9回遊ゴロ)。8回2死二、三塁の場面が初打席だ。三島の初球ストレートを中前打し打点2。初打席で初安打、初打点そして8番伊志嶺の3球目に二盗成功。打って良し、守って良し、走って良し…を見せつけた。内村は「雰囲気も違う。スピードも違う。これがオレの登竜門だと思って思い切ってバットを振った。一塁ベース上で頭が白くなった」と笑う。
5月1日ロッテ戦では3回阿部から中犠飛で打点1、4回1死二、三塁で右前打の同点2点タイムリー。この日は3打数2安打3打点で初の3打点。5月21日西武戦では今季9度目の先発出場(9番二塁)し3回右前打、5回左前打をいずれも松永から打ち9回左前打を正津から打ってプロ入り初の3安打。
6月24日巨人戦では7回に久保から左翼席にプロ入り初本塁打。内村は「小柄を利点として練習して粘りの打撃をしたい。チャンスを大切にします」とファイト満々で強い夏場に入った。
7月1日西武戦では5度目の2安打でスタートし7月の15試合で11試合安打と1打席を大切にする粘りのある打撃そして堅実な守りは投手陣に安心感を与える。7月23日支配下登録日の巨人戦では1回に右前打、8回に脚力を生かした三塁打と1番打者の責任を果たした。
前半戦は55試合、打率2割7分4厘、本塁打2、打点20、盗塁6、四死球18、三振10、長打率4割5分2厘、出塁率3割6分4厘。守備面では二塁手38試合、失策4、遊撃手19試合、失策4。攻走守に積極性があるだけに1軍定着に期待。背番号98に注目してほしい。
◆内村賢介(うちむら・けんすけ)1986年(昭61)3月17日生まれ。163センチ。65キロ。右投げ右打ち。東京都出身。山梨学院大付-JFE西日本-BCリーグ石川。07年育成ドラフト1巡目入団。目標の選手は「ヤクルトの宮本慎也内野手の守備範囲の広さと安定感が参考になる」。好きな言葉は「感謝です。野球をさせてくれた人々には感謝です」と言う。夜間練習は「打ち込みとウエイトで体力強化は続けている」と言う。好きなポジションは「遊撃手と二塁手。野球知識を深めないといけない。勉強です」と笑う。今年の母の日には幸栄さんに「花をいっぱい贈りました」。イースタン・リーグで初本塁打した時は「本当に自分でも驚いた。自分でも打てると感じた」と言う。思い出に残る試合は「昨年BCリーグで優勝したゲーム。胸が熱くなりました」と振り返った。独身。血液型O。ニックネームは「ウチさん」。野球好きの好青年で好感が持てる。各チーム編成部は「努力が実った。性格は野村野球に合いますよ。育成選手のためにも活躍して欲しい」とアドバイスしていた。
○…前半戦を首位で折り返したヤクルトの新監督、猿渡寛茂2軍監督(59)が前半を振り返り「良い意味でいやらしく戦うチームになった。1軍でも調子の良い選手を使ってくれるので将来に良い経験になりますよ。選手たちの目つきも変わっている。コーチ陣も自分の仕事を理解してよく頑張っているので感謝していますよ。後半戦は優勝など考えず一戦一戦を選手たちと戦います。ファンの御声援をお願いします」と着々と成長している選手に満足顔だ。7月31日現在、ヤクルト1位、63試合、38勝22敗3分け、勝率6割3分3厘。ホームゲーム23勝7敗1分け、勝率7割6分7厘、ロードゲーム15勝15敗2分け、勝率5割で2位巨人にゲーム差1・5差。
○…ヤクルトの2年目、高市俊投手(24)は7月29日湘南戦で嬉しいプロ入り初完封勝利を飾った。この日は初回に1番梶谷に2球目を左前打、3番下園に中前打されてピンチを背負ったが4番内藤を中飛、5番高森を二ゴロに打ち取ってピッチングにも安定感を見せた。最速140キロ以上のストレートにカーブ、スライダー、チェンジアップ、フォークの変化球の制球力も良く球の切れも良かった。2回新沼に右前打、5回に桑原義に三塁内野安打、河野に一塁内野安打を許したが6回以降は奪三振4を含み完全に打者を3人ずつで抑えマウンド上の高市は大きく見えた。投球数132、投球回9、安打5、三振9、四球1の見事な完封勝利で今季3勝目。高市は「気持ちよく投げれました。これまで8回完封は2度ありますので配球やスタミナ配分も知っているから安心して投球できた。チャンスを大切にして1軍から声がかかるように頑張ります」と明るい表情。前半戦は11試合、3勝4敗、防御率2・39、打者252、投球回60回1/3回、安打53、本塁打6、四死球22、三振45、失点21、自責点18で投手防御率第2位。
○…夏場は大好きだ!!と頑張ったのは湘南の3年目、内藤雄太外野手(横浜商工-八戸大、182センチ、88キロ、右投げ左打ち、05年大学、社会人ドラフト3巡目入団)だ。打撃センスを発揮した7月は19試合、76打数26安打、本塁打4、打点18、打率3割4分2厘。19試合で14試合に安打、本塁打4本のうち2本は満塁本塁打、1試合打点5は2試合、1試合4打点は1試合と湘南が選出する7月MVPの働きだ。内藤は「体調も良く気持ちよくバットが振れます。高木コーチに打撃フォームを修正して貰ってから最高ですよ」と笑顔。前半戦は55試合、打率2割5分、本塁打6、打点30、盗塁1、四死球12、三振50、長打率3割9分9厘、出塁率2割8分6厘だが後半戦に注目したい若手だ。
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- 河野祥一郎(こうの・しょういちろう)
- 1940年(昭和15年)愛媛・今治市生まれ。59年愛媛県立西条高校卒。同校野球部では内野、外野を守り1番を打った。芝浦工大に進学し、大学2年から野球部マネジャーとなり、同校野球部の東都大学野球リーグ優勝や、明治神宮大会などで日本一のチーム作りに貢献する。
63年の卒業と同時に、日本プロ野球機構コミッショナー参与で東大野球部監督だった神田順治氏の推薦により、セントラル・リーグ野球連盟の記録部に入社。66年から5年間、故鈴木竜二元セ・リーグ会長宅に下宿し、プロ野球について勉強。69年4月15日大洋対広島1回戦(川崎球場)で、公式記録員のスタートをきる。
数々の名勝負、名場面の中でも、73年8月30日阪神対中日の延長11回ノーヒットノーラン試合、76年の巨人加藤初投手のノーヒットノーラン試合、94年巨人槙原寛巳投手の完全試合、97年のヤクルト石井一久投手の、98年の阪神川尻哲郎投手のノーヒットノーラン試合を担当した。
そしてイースタン・リーグでも82年日本ハム芝投手や、99年巨人入来祐投手のノーヒットノーラン試合も見届けた。 日本シリーズ3度、オールスターにも5度参加し、71年のオールスター第1戦(西宮)で阪神江夏豊投手の9連続奪三振と、全セのノーヒットノーランを担当した。
公式記録員38年間で1808試合を担当し、99年に退職した。
著書に「スコア・ブックのつけ方」(86年)がある。
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