清原 オリックス特集
オリックス 復刻ニュース
2008年05月04日
清原2軍戦で603日ぶり実戦復帰
左ひざの軟骨移植手術から再起を期すオリックス清原和博内野手(40)が3日、ウエスタン・リーグの阪神戦(北神戸)で603日ぶりに実戦復帰した。「5番DH」で出場。1打席目の二ゴロの間に1打点を挙げ、2打席目は中前適時打を放つなど四球を含む2打数1安打2打点。二塁から三塁へのタッチアップも決めた。
昨年の手術後に見せた松葉づえ姿を思えば、奇跡の復活だった。神戸の山奥の球場に押し寄せた超満員の観衆から「清原コール」が起こった。2回無死一、三塁の2打席目。アカペラで「とんぼ」を歌うファンにも背中を押され、伊代野の内角低め速球を中前へはじき返した。次打者の四球で二塁に進むと、右邪飛で三塁へ激走した。
「4週間寝たきりで4カ月が松葉づえ生活。自力歩行まで5カ月かかったことを思えば、本当によくここまでこれた」。痛み止めの薬は手放せない状態だ。しかも左ひざには約1キロもあるプラスチック製の特製サポーターを装着する。その影響で足がむくんで、足首が動きにくくなる弊害もある。今なお続く激しい戦いがある。
だからこそ浮かれず、1軍復帰についても日時を定めなかった。「そんなレベルでないし時間がかかる。まだリハビリの一環。走りだす時、また壊れるんじゃないかと身震いするような恐怖感があった。満塁ホームランより、いろんな体勢で走りだす時に痛みが少ない方が進歩です」と話した。
実戦感覚を取り戻すため今後も2軍に帯同。今日4日以降の出場は状態を見ながら決めていく。「桑田が燃え尽きたといってすがすがしい表情をしてたように僕も…」。清原のゴールは、まだまだ先にある。【松井清員】
【清原復帰までの経過】
◆06年9月8日 日本ハム戦(スカイマーク)で古傷の左ひざ痛を訴え5回途中交代。同12日に出場選手登録抹消。
◆07年1月5日 アリゾナ自主トレ出発。22日帰国
◆同29日 マリナーズ・イチローと初の合同自主トレ。
◆2月19日 宮古島キャンプで左ひざ痛再発、帰京
◆同28日 東京都内の病院で左ひざ関節の内視鏡手術を行い、一部軟骨を除去。
◆6月24日 左ひざ精密検査のため渡米。28日帰国。
◆7月6日 神戸市内の病院で左大腿(だいたい)骨関節の軟骨移植手術。
◆同28日 退院。同30日から本格的なリハビリ開始も、約4カ月間の松葉づえ生活。
◆08年1月4日 ハワイ自主トレ出発。25日帰国。
◆2月1日 2軍高知キャンプ参加。5日に手術後初のマシン打撃開始。
◆4月28日 1日最多で400~500スイング振れるまでに回復。
◆5月2日 神戸市内の病院で定期検査。試合出場にGOサイン。
○…スタンドから家族が清原の復活を見届けた。亜希夫人(39)と長男正吾君(5)、次男勝児君(3)、そして弟幸治さん(37)夫妻が観戦。何度も清原コールを浴び、結果も出したパパの姿に子どもたちも大喜びだった。亜希夫人は「ウルウルしてしまいました」と、これまでの苦節を思い起こして感激。1日に3歳になったばかりの勝児君には最高のバースデープレゼントになった。
(2008年5月4日付日刊スポーツ)
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