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清原 西武ライオンズ特集

西武ライオンズ 復刻ニュース

1996年11月16日

清原が阪神と初交渉、巨人の態度に不安

 FA宣言して巨人移籍を熱望していた清原和博内野手(29=西武)が、巨人への不安を抱いていることが明らかになった。15日、都内のホテルで阪神と初めて交渉した清原は、「熱意を感じました」と、好印象を口にした。その裏には、相思相愛といわれている巨人への不安があった。(1)落合解雇を明言しながら結局残留と、一貫性がない(2)11年前のドラフトで指名しなかったことへの謝罪がない(3)提示条件が限度最高のものではなかった、がその主なもの。清原は今後、両球団との交渉を重ね移籍する球団を決めるが、巨人一辺倒とはいえない状況となった。

 清原の「巨人一本」の姿勢が揺らいでいる。
 不安を倍増させたのは、13日の初交渉の際に示された条件だった。巨人側は席上、「落合の解雇」を明言した。清原は、落合が残留しても、一塁のポジションを堂々と争うつもりだ。自分の加入が落合の選手生命に及ぼす影響などはさほど重要なこととは受け止めなかった。「それ(落合の去就)は自分には関係ない。巨人の人事やろ」「移籍にあたっては、自分が勝負するということ。他人がどうこうという部分は考えていない」の言葉がそれを物語る。「落合解雇」の言葉に感じたのは、巨人の強い意志だった。だが、わずか一日で「残留」。その定見のなさが、不信と不安を生んだ。この日の「落合さんが同じ一塁という問題もある」という言葉は、腰の座らない巨人の姿勢を指してのものだ。
 それだけではなかった。清原は11年前のドラフトで巨人にあこがれながら、土壇場でそでにされた。今回のFA移籍にかかわる交渉の中で、巨人側からの事情説明、謝罪が聞けるものとの期待があった。しかし、その件に関して納得のいく説明は聞けなかった。
 金銭等の条件でも、再FA宣言ができる向こう3年間の契約が提示されるものと思っていた。が、これも「2年契約、年俸3億円」(推定)だった。
 さらに12日夜、都内のホテルで開催された衣笠祥雄氏(元広島)の野球殿堂入りを祝うパーティーでの一件も、不信感に輪をかけた。会場で長嶋監督と接触すれば混乱は避けられない。同監督は衣笠氏への配慮から清原へ「時間をずらしてほしい」と依頼、清原もホテルの外で待機していた。まだ正式に入団もしていないのに球団主導で動かそうとした巨人側の姿勢、さらにこの連絡に、球団に近い関係者が加わったことで、清原は「オレと連絡したのが本当に巨人の人間なのか、分からない」と怒った。長嶋監督に他意はなかったが、巨人側の配慮のなさに、疑心暗鬼となった。
 この日、都内のホテルで阪神と初交渉を終えた清原は、その誠意を感じていた。「(阪神の)熱意で汗が出てきた」。言葉通り、額には玉のような水滴が浮いていた。
 他球団との交渉期間が解禁となった12日から、清原の巨人を思う気持ちに不安が芽生えた。解禁日の当日の午前中、真っ先に電話があったのは意中の巨人ではなく、阪神だった。いの一番のラブコールに、「一番に電話が来てうれしいです」と素直に喜んだものだった。巨人との交渉翌日(14日)、「巨人と阪神のどちらに行くかは分からないです。阪神だって僕を獲得して変わろうとしてるかもしれないですから」と話した清原。阪神との初交渉を終え、巨人への不信感が頭をもたげる中、「白紙の状態」はその比重を増した。
 10月31日に正式に西武退団を決定した際、清原は西武首脳陣に「巨人に行きたい。お世話になりました」と涙ながらに訴えた。西武サイドも清原の決意を尊重。慰留を断念した経緯がある。
 だが、西武関係者はこう言った。「西武を退団した巨人への決意が簡単に覆るとは思わないが、巨人の誠意が感じられなかった場合は阪神に行く可能性もある」。
 現時点で清原―巨人の第2回交渉の予定はない。
 ◆清原に聞く
 -阪神との最初の交渉となったわけですが、どんな話をしたんですか
 清原 まずはあいさつをして、これからの阪神はどうなっていくのか。その中で君がぜひ必要なんだという話を伺いました。
 -阪神は早い時期から獲得を表明していましたが、その熱意は伝わってきましたか
 清原 ええ、十分に。吉田監督からは「阪神の縦縞(じま)のユニホームを横縞にかえるような気持ちがある」と言っていただいた。部屋も暑かったせいもあるんですが、熱意で汗が出てきました。
 -球団からの条件提示はどんなものでしたか
 清原 迎え入れるにあたっては目いっぱいの条件で迎えると言っていただきました。最高に評価してもらっているなと思いました。
 -すでに巨人とは第1回交渉が行われましたが両チームの印象はどうでしたか
 清原 その違いも含めて、時間を頂いてゆっくり考えたい。
 -条件面での違いは何かありましたか
 清原 これから交渉をしていくうえで、今のところは細かいことは言えません。
 -阪神の話を聞いて気持ちの揺れ、動きはありましたか
 清原 阪神の話を聞いてまだ間がないですから。時間をかけて考えたいと思っています。
 -今後、阪神とはどのような形で交渉をされるのか
 清原 約1週間後の22日に会うことにしています。
 -13日に巨人と交渉を行われましたが、その後連絡はありましたか
 清原 ありましたけど、まずは阪神の話を聞いてからと思っていましたから。会う日は決まっていません。
 -タイガースの魅力については
 清原 込み入った話はしていないので……。吉田監督と話すのも(三好)社長と会うのも初めてですから。会社の方針を聞いてそのことも含めてゆっくり考えたい。
 -22日までに巨人と会う可能性は
 清原 自分としては考える時間が欲しい。22日までの1週間を有意義にしたい。まだそこまでは考えていません。
 -前日落合選手の残留が決定しましたが、そのことについては
 清原 落合さんは同じ一塁のポジションという問題もありますし、これからゆっくり考えたい。

 阪神は午後3時からの初交渉で思いのたけを訴えた。まず三好社長が(1)PL学園時代から注目していた(2)低迷する阪神に力を貸してほしい(3)大阪のファンも渇望、の3点を挙げて、具体的に獲得を目指すに至った経緯を説明。4番・一塁のポストはもちろん、即座に協約上限の条件(3億4500万円)も提示。続いて吉田監督がたたみかけた。
 「低迷する阪神を改革するには絶対に必要な選手。ぜひ、チームの旗頭になってほしいと思っている。本当に変えるためには、縦ジマのユニホームを横ジマに変えるぐらいの意気込みがいる。そのために君が必要なんだ」。
 63歳の吉田監督が、34歳も若い清原に、誠心誠意、ありったけの言葉で思いを伝えた。
 清原が幼いころから巨人にあこがれていたように、阪神にとっても11年前のドラフトから続いた片思い。巨人優勢の状況から一度は白旗も上げかけたがあえてトライした。名誉やプライドが傷つき、結果として大恥をかいても欲しい―。そんな素直な交渉姿勢が、逆に清原の心を揺さぶったに違いない。落合のドタバタ残留に象徴される巨人側の不手際に比べれば、この日の阪神の正攻法はスマートだった。
 「本当に最高の評価をしてもらっていると思うと、うれしい。時間をかけてゆっくり考えたい」。
 清原は即答はしなかった。が、阪神側が提示した次回の交渉(22日)も了承した。逆転絶対不可能といわれた阪神の清原獲得に光明がともった。
(1996年11月16日付日刊スポーツ)


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