清原 西武ライオンズ特集
西武ライオンズ 復刻ニュース
1996年04月11日
清原、300号本塁打を達成、長嶋ビデオで復調
<西武-日本ハム>◇1996年4月10日◇西武
気迫で運んだ。西武清原が「行け!」と打球に願いを込めた。1回2死一塁で通算300号が右翼席最前列ギリギリに消えた。マウンドで肩を落とす日本ハム西崎にニヤリ視線を送ると、淡々とダイヤモンドを一周した。「早く打ちたかった。西崎さんはパを代表する投手だから、区切りの一発を打ててよかった」と祝福するレオ党に両手を突き上げて自らバンザイした。
予感はあった。通算300本のうち、西崎からは最多の13本塁打。相手が一流投手になればなるほど燃える男の真骨頂だ。尊敬する巨人長嶋監督の現役時代のビデオが、復調するきっかけだった。先日、ビデオを自宅に持ち帰って休日返上で研究した。土井打撃コーチは「長嶋さんはアウトステップするが、軸足の右足にためができて上体が開かない。今の清原には参考になるはず」と説明した。
清原は長嶋ビデオを参考にして、自宅の等身大の鏡の前で午前1時近くまでスイングを繰り返した。キャンプ中から苦手の内角球克服に取り組んだ。内角球を意識するあまり上体が力んで打撃フォームのバランスを崩したが、復調の兆しとなる一発だった。
「勝てればもっと良かったのだけど……」。試合に負けて喜びは半減したものの、28歳で通算300号はダイエー王監督の27歳に次ぐスピード記録。清原は「400、500号と上を目指して頑張る。次は長嶋さんの444本を抜く」と通過点を強調した。【平井勉】
▼清原が初回、西崎から今季2号ホーマーを放ち、史上23人目の通算300号本塁打を達成した。出場1282試合での300号到達は歴代7位のペースだが、28歳7カ月は王(巨人)の27歳3カ月に次ぐ年少記録だ。西崎からはこれが通算13本目。清原の投手別本数5傑を出すと、(1)西崎(日本ハム)13本(2)野茂(近鉄)10本(2)吉田豊(ダイエー)10本(4)前田(ロッテ)9本(5)山崎(近鉄)8本(5)伊藤敦(オリックス)8本。記念の300号は一番のお得意さんから打ったわけだ。なお、初本塁打は1986年(昭61)4月5日、南海2回戦(西武)で藤本修から記録している。
(1996年4月11日付日刊スポーツ)
※日記を書く方法はこちらで紹介しています。
この記事には全0件の日記があります。
- 【オリックス】ソフト大石新コーチに驚き [26日00:14]
- 巨人亀井「あの1本で僕の人生は…」 [25日21:42]
- 【中日】森野が新選手会長に [25日21:05]
- 前オリ監督大石氏ソフトBヘッドコーチに [25日20:04]
- 【楽天】島田社長が目標達成に労ねぎらう [25日19:22]
- とても優しい人でした:高垣誠 (カープ担当記者日記) [11月24日]
- お見事!木戸ヘッドのバントお手本 (虎番ブログ) [11月24日]
- 厳しい現実痛感する季節 (鷹番日記) [11月24日]
- 吉見オフも休息なし (ドラ番ブログ) [11月24日]
- 実力はもちろんだが、野球への姿勢も大補強 (浅岡真一・独断流) [11月24日]