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清原 西武ライオンズ特集

西武ライオンズ 復刻ニュース

1992年06月27日

清原が通算200号の最年少記録、王さん超えた

<西武-オリックス>◇1992年6月26日◇西武
 「今日、打つから。しっかり見といてや。予告アーチやで」。第二球場でたっぷり1時間、ランニングを終えた清原が強気な宣言をしてからわずか3時間余り。これまでの苦しい道のりに比べ、区切りの本塁打はあっさりと、しかも清原らしく豪快にワントライで決めた。

 1回だ。早くも4番の清原に打順が回ってくる。2死二塁。マウンドの伊藤敦を直視し、清原の脳裏は二つの思いが交錯していた。「今年はあんなタイプ、苦手なんです」と漏らしたのは先日のこと。だがこの瞬間は「今年2試合も完封されている投手ですからね。気合入ったわ」。高ぶる気持ちが、迷いを消した。
 これまで何度も空を切らされた内角に落ちるシュート。体は自然に反応した。左翼ポールへ向かっていく打球を、見つめる清原。ベンチでも片平打撃コーチが身を乗り出す。「キヨが早出練習しているのを僕らは見守るしかない。開幕から苦しみ、何とかしてやりたい、という気持ちでいっぱいだった。でもキヨは自分の手で財産をつかんだ。毎日走るなど、いい習慣になっていると思う」。
 「王さんに一歩でも近づきたい」。7年前の85年12月13日。巨人への未練を断ち切って、ライオンズのユニホームをまとった新入団発表で、清原は夢を口にした。通算868本塁打をマークしている王貞治氏が持つ25歳4カ月の史上最年少200号記録を、8月18日で25歳になる清原が抜き去った。だが数字に対する感想は「まだ200本か、という感じですね」。あくまで通過点と位置付けるようになったところに、自信を取り戻した清原本来の姿があった。
 開幕から2度のスタメン落ち。それでも「苦しんできた分と同じくらい、この先良いこともある、と信じてやれるようになった」。チームの敗戦に「勝ちたかった」と言葉少なだったが、「王さんの記録を塗りかえられたことが一番うれしい」も本音だろう。ファン、そして観戦していた母弘子さんの前で怪物キヨマー健在を印象付けてくれた。
 ▼清原が初回、伊藤敦から今季14号ホーマーを放ち、史上62人目の通算200本塁打を達成した。初本塁打は1986年(昭61)4月5日、対南海2回戦の9回、藤本修から打っている。出場824試合は歴代9位のペースだが、24歳10カ月での到達は65年に王(巨人)がマークした25歳4カ月を抜く最年少記録だ。これで清原は100号(21歳9カ月)150号(22歳11カ月)に続いて区切りの本塁打はすべて最年少記録で通過したことになる。また、プロ入り7年目で200号を記録したのは王、田淵、長池、原辰に次いで清原が5人目。このうち最多は田淵の220本だから、清原が今季あと21本打てばプロ7年目までの最多記録となる。
(1992年6月27日付日刊スポーツ)


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