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清原 西武ライオンズ特集

西武ライオンズ 復刻ニュース

1991年07月10日

清原、涙の復活Vアーチ

<日本ハム2-3西武>◇1991年7月9日◇東京ドーム
 清原が泣いた。スランプのどん底で放った一発。「苦しい中で逃げることなく、一打席、一球、必死になって挑戦していく執念」。森監督はこの一打をこう表現した。3試合ぶり3番スタメン復帰。この日の清原―6回先制適時打、9回勝利を呼ぶ12号アーチ。

 清原が泣いた。試合後のヒーローインタビュー。質問に答えることができない。「ちょっと待ってください」。テレビカメラに背を向け天井を見つめた。30秒間、あふれ出ようとする涙を必死にこらえていた。1987年(昭62)の日本シリーズ。巨人を破ったときに見せて以来の涙だった。
 復活ショーは6回、ようやく幕を開けた。第1打席が三振。無死二塁のチャンスで回ってきた第2打席も三ゴロに倒れた。「もう後がないと思ってました」と清原。森監督でさえ「あそこで打てなかったら次は代打」と考えていたほど。まさにガケっぷちで1億円男は息を吹き返した。2死三塁。内山のシンカーを思い切り引っ張った。実に6月29日のロッテ戦以来、8試合、26打席ぶりのヒットが貴重な先制タイムリーとなって飛び出した。
 そしてお待たせの復活アーチは9回に飛び出した。内山の初球シュートをレフトスタンドへ12号ソロ。ドームが揺れる中を清原はガッツポーズも忘れて静かに、喜びをかみしめるように走った。
 「何も考えずに打った。このままでは終わりたくないと思ってましたから。こんな悔しい思いをしたのは初めてです」。前日(8日)は休日返上で汗にまみれた。プロ6年目で初めて訪れた大スランプ。原因はただ一つ。油断だった。開幕時の体重はベストを5キロも上回る98キロ。しかし、開幕戦で2ホーマー。結果オーライが大きなツケとなって襲ってきたのだった。生活面でも黒江コーチから厳しく注意された。「オマエ、ちゃんとあいさつしてるのか」。もちろんミーティングでも怒鳴りあげられた。野球エリート清原の初めての屈辱だった。
 その悔しさを顔に表し、バットにぶつけた。試合前の清原の顔つきをみて森監督は迷わずスタメンに名前を入れた。「いつか出ると思ったよ。あまり長い時間をあけたら感覚もなくなるからな。顔に悔しさが出てくれないとな。一打席、一球を大切にする執念というか気持ちが出ていたよ。それにしてもキヨは強い星の下に生まれているよ」と森監督。今度こそ本当の復活と信じたい。清原の涙を知らされると、ともに悩んだ指揮官はうれしそうに大きくうなずいた。【福田豊】
(1991年7月10日付1面)


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