清原 西武ライオンズ特集
西武ライオンズ 復刻ニュース
1990年12月13日
清原、史上最年少1億円プレーヤー
西武清原和博内野手が史上最年少の23歳3カ月の若さで1億円プレーヤーとなった。同内野手は12日、埼玉・所沢の球団事務所で契約更改交渉を行い、3200万円アップのジャスト1億円でサイン。現役日本選手では中日落合、ダイエー門田に次ぐ球界3位の高年俸だが、早くも1億円獲得へ保留中の秋山、渡辺久らから査定に不満の声が上がるなど、清原の年俸1億円をめぐり西武のV更改は大荒れの様相――。 (金額は推定)
清原の顔が極度の緊張でこわばっていた。怖いくらいの表情に「清原も大台に届かずか」とだれもが思ったはずだ。ところが事態は全く逆だった。
「サインしました。大台? 行きました。大台に乗ったところです」。会見場が一瞬シーンとなり、すぐさま激しくカメラのフラッシュがたかれる。23歳3カ月。日本プロ野球界史上最年少の1億円プレーヤーが誕生した。
1億候補といわれていた渡辺久、秋山がそろって厚い壁にはね返されていた。それだけに清原の大台突破も絶望視されていた。が、「不安というのは思わないようにして大台に行くと信じて来ました」という執念が実った。午後2時過ぎ、重要な日にしか乗らない愛車フェラーリ・テスタロッサで事務所に到着。午後3時に清水代表の待つ応接室をノックした。
清水代表 いくら欲しいんだ。希望額を言ってみなさい。
清原 自分の心は一つです。よろしくお願いします!
この短いやりとりのあと清水代表は0が8個並んだ契約書を提示、史上最年少1億円プレーヤーが誕生した。
「今年の成績も含めて僕のすべてを球団側に評価していただきました。とにかくうれしいというか興奮してしまって……。うまいことしゃべられへん。今まで一生懸命やってきてよかったなと思いました」。思わず口を突く大阪弁。1億円の重みか、声が上ずっている。「数字を見て体の筋肉が一瞬に縮み上がりました。来年に向けて気が引き締まる思いです」と早くも「自覚」まで出た。
1985年暮れ、年俸600万円でプロ入り。わずか5年で1億円に到達した。「25歳までに1億円プレーヤーになる」という目標もあっさり達成してしまった。「これからも2億、3億ともらえるように、1億は通過点にして頑張っていきたいです」。1億円もらって何か買いたい物はと聞かれると「いい車があったら買いたいです」と初めてニッコリした。
球界で5人目の1億円男。ミスタープロ野球としてファンの期待は高まるばかり。「チームの日本一に貢献することと個人的には何か一つタイトルを取りたい」と来季に向けての課題を口にした。12月12日、大安吉日。清原が1億円プレーヤーとして球界に羽ばたいた。【福田豊】
(1990年12月13日付日刊スポーツ)
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