清原 西武ライオンズ特集
西武ライオンズ 復刻ニュース
1987年07月29日
清原KK対決制す、桑田からMVP弾
<オールスター:全セ-全パ>◇第3戦◇1987年7月28日◇甲子園
87年球宴のクライマックス、KK思い出の甲子園対決は、清原に軍配が上がった。清原は初回1死一塁から桑田の初球ストレートを左翼スタンドに運んだ。この一発でエンジンがかかった清原は3安打の猛チャージを見せMVPに選ばれ、総額約330万円の賞金、賞品を獲得した。全パは58年依頼の3連勝で、通算58勝40敗4分とした。
手の内に残った快い感触がホームランのそれと分かったのだろう。打球が高く舞い上がった瞬間、清原の体が大きく躍動した。1回表1死一塁、KK球宴初対決で清原の一発。両手を突き上げ、何度もジャンプしながら一塁へ走り出す。それだけでは、自らのパフォーマンスに納得しきれなかったのだろう。二塁へ向かう途中、今度は右手こぶしを突き上げた。
PL学園時代、幾度となく戦った思い出のグラウンド甲子園。しかし、この夜だけは別だ。オールスターゲーム、しかもマウンドにはPL学園時代の同僚、桑田がいる。打球の行方をみつめ、フッと息を抜いた桑田。ダイヤモンドで「やった!」と言わんばかりに走り抜ける清原。お祭りのはずの甲子園に、まるで公式戦を思わせるような明暗が交錯した。桑田は公式戦で打たれた時以上に険しい表情を浮かべた。
「ボーッとぢて打席に入って、来た球を打ったらホームランになりました。マウンドで目があった? いや、桑田の手ばかり見てましたから、打ったのは真っすぐです」と、喜びをかみしめるように清原がインタビューに答える。打席に入る直前、幾度となく体をひねり、精神のボルテージを高めた清原の会心の一発。オールスターでのホームランもこれで通算2本目だ。
3回を投げきった桑田が、清原同様、報道陣に囲まれる。「清原? すごいですね。打たれた瞬間、入ったと思いました」。桑田はあっさり脱帽してみせた。しかし、しかし、それは言葉の上だけだろう。2回表の2度目のKK対決、桑田は4球すべて、ストレートで清原を押し切った。止めたバットにボールが当たったニゴロ。マウンドを降りる桑田、一塁ベースからベンチに戻る清原の間には、一瞬の視線さえ絡み合うことはなっかた。
「ホームランの球? 山倉さんは外角のストレートを要求したけど、自然にあそこ(内角高め)に行った。初球から打ってくるとは思わなかったけど……。日本シリーズで対決したら変化球もまぜるけど、今日だけは小細工はしたくなかったんです」。
桑田が「内角高めのストレート」にこだわるのには理由がある。今春のオープン戦、KKは1度だけ対決した。4月5日、巨人-西武戦。この時、桑田はこの「内角ストレート」で清原を三振にとっているのだ。
2年前の85年11月20日、ドラフトが2人の大物選手の進路を大きく分けた。桑田がもし、早大に予定通り進学していれば、清原は巨人のユニホームを着ていたかもしれない。清原は巨人、桑田へここぞとばかりおん念をぶつけた。並々ならぬ決意があった。ゲーム前のランニング中、尊敬する落合にアドバイスを受けた。間の取り方、わきの締め方などを必死に教えてもらった。
このワンポイントレッスンが効いたのか、8回には巨人のストッパー鹿取からも左中間へ二塁打を放ち、3安打の猛打賞。
「ベース板の上を通る球はすべて打つつもりでした。こんな結果を出せたことに感謝したいですね。甲子園でのホームラン? 今年はいいことがなかったけど、これで一気に爆発した感じですね」。
清原の明るい声がロッカーロームへ続く通路に響き渡った。夢のKK対決。次の激突は今秋の日本シリーズかもしれない。2年連続でMVP男に選ばれ「本当にまさかです」と、新お祭り男は今シーズン最高の笑顔をふりまいた。【渡辺】
(1987年7月29日付日刊スポーツ)
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