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2010年8月26日

目に見えて成長

~広島・丸佳浩外野手~

 広島で着実に成長してきた選手がいる。丸佳浩外野手(21)。千葉経大付から、高校生ドラフト3位の入団で今季3年目。177センチ、80キロ。右投げ左打ち。均整のとれた体型だ。高校生時代は投手として甲子園に出場したが、プロ入り後は野手一本。成長度は山崎監督の「年々、力を付けてきた」が何よりの証明だが、新人の年が46試合に出場、118打数、39安打。2盗塁で打率・288。2年目は69試合、185打数、41安打。6盗塁して打率は・222。今年はというとすでに79試合に出場。259打数、67安打。17盗塁を決めて打率・258。ウエスタン・リーグの規定打に達している成績だ。これ、また成長の証である。

 24日、25日の鳴尾浜球場。両試合とも“1番、センター丸”で出場。結果は初戦が5打席、4打数2安打で2打点。負けゲームではあったが、タイムリー打あり、犠牲フライありの活躍。2戦目は中前へ、右前へと4打数2安打。いずれもマルチ安打は、着実に付けてきた実力を物語っている。「今、調子は一度落ちた状態から、昇りかけているところですかね」と説明してくれたが、自分自身のプロ入り後を「調子の波が激しいんです。いい時と悪い時の差がもどかしいと言いますか。いい感じで打っているなあ、と思っていると、極端に打てなくなる。その悪い時でも、何とかヒット一本でいいから出るようにしたいんですと分析していたが、インタビューに応える真剣な表情を見ていると不調時のもどかしさがこちらに伝わってきた。

 3年間丸を見続けてきた山崎監督に聞いてみると「ヒットが出ているうちは、体は開かないし、いい形で打っているんですが、ちょっと悪くなってくると、左肩が前に出てくるんですよ。打ちたい、打ちたいという気持ちから上体が突っ込んでしまって、差し込まれたりする。確かに先ほど言いましたように、一年、一年力を付けてきましたが、見ましたあ。センター前でポロリとやったの・・・。この前も中日戦でやったんです。あんなことをしているようでは、まだ、まだです」なかなか手厳しい評価だが、これって、おそらく期待の裏返しではないかと思う。

 打って、守るだけではない。成績を見てビックリした。盗塁数が急速に増えている。この2試合、スチールを見る機会はなかったが、ヒットで出塁したあと、次打者のライト前ヒットで、3塁まで走る足を見せてもらったが、速い。あの足があれば今年の盗塁数はうなずける。同監督は「思い切ってスタートは切れるようになってきましたが、まだベンチから見ていて、こちらが描いているイメージとは違う場合がある。もう少しですね」と相変わらず厳しいが、本人が興味を持ち出している。自信らしきものも芽生えている。「最近は躊躇なくスタートが切れるようになりましたし、途中でセカンドベースを見ますと、何か、ベースが近いように感じるんです」である。自信の発言だ。もともとは足は速い。投手から転向した野手である。3年目にしてやっと本物の野手になれたのだろう。

 試合後の練習が終了してから取材をするため、丸の行動を見ていると、気遣いのできる礼儀正しい一面を垣間見た。ランニングをしたあと、バットスイングが始まった。野手全員が、それぞれベンチの前で、フォームのチェックをしながら素振りを繰り返す。丸も、かなりの集中力を持ち、力のこもったスイングをしている。ここまでは誰もがやっていることだが、素晴らしかったのはこのあとの行動である。グラウンドキーパーの詰め所へ地均しをするトンボを借りに行き、バットスイングで空けた穴を埋める。自分のところだけでなく、他選手のものまできれいに均した。そして、取材に行くと椅子に座ってタバコを吸っていたのに、タバコの火を消して灰皿に置き、本人はわざわざ私の前に立って取材に応えてくれた。練習が終わってホッとしたところだ。なかなかできないことだが、ごく自然に出た行動には感心した。「今年は充実しています。テーマですか・・・。出塁率を良くしたいんです。それが僕の役目だと思っていますし、そこからチャンスを広げていければ・・・」現在の出塁率は・333。さらなる上を目指して目は輝いていた。早い一軍昇格を期待したい。


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ウエスタン一番星
本間勝(ほんま・まさる)
 1939年(昭14)5月1日生まれ。愛知県出身。中京商(現中京大中京)を卒業後、58年に阪神タイガースに入団。投手として活躍し、60年5月15日の巨人戦で初勝利をマーク。この年に13勝を挙げた。66年に西鉄に移籍。翌年、現役を引退。
 現役生活は実働10年で、216試合に登板。28勝38敗。16完投、4完封で377奪三振。通算投球回数は693回1/3で防御率2・86。
 退団後は14年間の新聞記者生活を送る。球団の営業担当などを歴任し、阪神の球団広報に。吉田義男氏(日刊スポーツ客員評論家)が3度目の監督に就任した時は広報部長。大物外国人グリーンウェル(レッドソックス→阪神)が「神のお告げ」で途中帰国したときの対応に苦慮。「あの年は、なかなかしんどかったですなあ」と振り返る。星野監督には、シーズン中の記者とのお茶会を進言。「あれだけ気の利く監督でしたから。広報の私は必要ないですな、と言ったこともありましたよ」。激しいスクープ合戦を繰り広げる虎番記者と、監督や選手との調整に手腕を発揮した。長い記者生活のキャリアを生かした名物広報ぶりに、お世話になった虎番は多数。
 現阪神タイガースOB会副会長。

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