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2010年8月19日

大きく育て

~阪神・甲斐雄平外野手~

 とにかく暑い。半端ではない。鳴尾浜球場も例外ではない。灼熱の太陽が容赦なく照り付ける。おそらくグラウンドの気温は40度はあるはずだ。我々、年寄りは一大決心して外出しないことには暑さに負けてしまう。阪神・平田監督に、いまや挨拶代わりになっている「めちゃくちゃ、暑いなあ」と声をかけると「いや、いや本間さん。我々こんなの平気ですよ。練習始めに、しっかり汗をかいておけば、あとはすっきりして大丈夫ですから」とたしなめられた。同監督、もう50歳を過ぎているはずだが、なかなか元気だ。頭が下がる。毎日、炎天下で鍛えられているだけのことはある。

 猛暑真っ直中のゲームとなった17日が独立リーグ。翌日は社会人との交流戦。練習試合とはいえ、ファームの若い選手には手抜きなどもってのほか。己をアピールする大事な場である。懸命にプレーする新人に注目してみた。今シーズン福岡大からドラフト3位で阪神タイガースに入団した、甲斐雄平外野手(22)初戦が1番ライトで、翌日は9番センターでの先発出場だ。持ち味の長打を披露する場面はなかったが、初日は2安打を放って、2塁打。社会人との試合では3塁強襲安打を放つなど、その存在を首脳陣にアピールした。

 甲斐といえば、今年から守備、走塁担当でユニフォームを着た永尾コーチだ。昨年までのスカウト時代、高校生の時から大学まで7年間追い続けたスラッガー。「ハイッ。7年間追い続けました。彼は打つだけでなく、足もあるし、守れる選手なんです。アマチュア時代は、2塁走者をホームで刺したり、守備範囲が広いので、守りでもチームをかなり助けていました。バッティングの持ち味はホームランですから、小さくまとまらないで、大きく育ってほしいですね。とにかく鍛え甲斐のある選手です。楽しみにしています。」親心だろうか。大きな期待を寄せているが、この話を聞いて、大きな体に似合わず盗塁のできる選手であるのが分かる。果敢に走った2つの盗塁はフロックではない。

 ホレボレする体格の持ち主でもある。185センチ、85キロ、右投げ、右打ちの長距離砲。まだ荒削りだが。ホームランバッターは得てしてモロいところはあるもの。甲斐にも穴はある。ウエスタン・リーグの打率・185(8月18日現在)がそれを物語っている。ちなみにホームランは2本。「大学時代に考えていたプロの世界とタイガースに入団してから体験したプロの世界は全然違いました。守りひとつにしても、打球を追う時のスタートの第一歩で、守備範囲が全く違うのが分かりましたし、捕球するときの球際を強くするためにも。やはり第一歩ですね。いずれのプレーにも“1”という数字を大事にしたいです。」意外や。初めに守備の話が出てきた。自信を持っていた守備でプロとアマのレベルの差を痛感したことが、頭から離れないのだろう。しかし、表情は輝いている。プレッシャーはないと見た。

 大きな夢を抱いての入団だ。背番号がいい。あのバースが付けていた“44”である。そこで「日本一になった年、同じ背番号を付けていた選手を知っているか…」の質問をしてみた。野球を志してきた男だ。史上最強の助っ人を知らないようなら、気合いを入れようかと思っていたが、即座に「ランディー・バースです」とフルネームで答えが返ってきた。そして「是非あやかりたいです」と敬った。夢は追い続けることだ。野球を好きであり続けることが進歩に繋がる。「いま、バッティングは確実性を付けたいと思っていますが、自分の持ち味は長打です。フォームが小さく固まらないように心掛けて練習します。それと積極性ですね。いい球がきたら初球からどんどん打っていきたいと思います」一打、一打をおろそかにしないことだ。

 試合後には特打が待っていた。初戦のあとはグラウンドで、バッティングとトスバッティングを何度も何度も繰り返す。もうユニフォームは汗でビショ濡れ。2戦目後は、バット2本を抱えて室内へ走っていく姿があった。この日はマシーンが相手だ。頑張れ!


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ウエスタン一番星
本間勝(ほんま・まさる)
 1939年(昭14)5月1日生まれ。愛知県出身。中京商(現中京大中京)を卒業後、58年に阪神タイガースに入団。投手として活躍し、60年5月15日の巨人戦で初勝利をマーク。この年に13勝を挙げた。66年に西鉄に移籍。翌年、現役を引退。
 現役生活は実働10年で、216試合に登板。28勝38敗。16完投、4完封で377奪三振。通算投球回数は693回1/3で防御率2・86。
 退団後は14年間の新聞記者生活を送る。球団の営業担当などを歴任し、阪神の球団広報に。吉田義男氏(日刊スポーツ客員評論家)が3度目の監督に就任した時は広報部長。大物外国人グリーンウェル(レッドソックス→阪神)が「神のお告げ」で途中帰国したときの対応に苦慮。「あの年は、なかなかしんどかったですなあ」と振り返る。星野監督には、シーズン中の記者とのお茶会を進言。「あれだけ気の利く監督でしたから。広報の私は必要ないですな、と言ったこともありましたよ」。激しいスクープ合戦を繰り広げる虎番記者と、監督や選手との調整に手腕を発揮した。長い記者生活のキャリアを生かした名物広報ぶりに、お世話になった虎番は多数。
 現阪神タイガースOB会副会長。

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