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2010年8月12日

脇役

~中日・岩崎恭平内野手~

 阪神-中日戦を取材に行く予定だ。前もって両チームの資料に目を通してみた。約1ヶ月ぶりの中日ドラゴンズ。目下、ウエスタン・リーグ最下位のようだが、個人成績を見ていると、己の持ち味を存分に発揮している選手がいた。岩崎恭平内野手(24)右投げ・左打ちだ。178センチ、73キロ。やせ線の細い完全な脇役タイプ。74試合に出場、243打数、63安打。打率・259は、ごく平凡な数字だが、盗塁の24は現在リーグトップ。得点42で犠打が21。そして、四球の43は主力に繋ぐための数字としては、目を見張るものがある。東海大出身、ドラフト3位で入団今季2年目。50メートル走が5・6秒というスピードの持ち主。順調に成長している。

 川相監督の目にはどう映っているか。「かなり成長してきました。バントはうまいし、盗塁も、ちゅうちょなくスタートが切れるようになった。あれだけ走れるんですから。何かコツをつかんだのではないでしょうか。一軍レベルから見るとあとは守りですかねえ。といっても、普通の打球を普通に処理することはできるんです。球際は結構強いし、しいていえば、捕球してから送球動作に移るところのバランスとか、ちょっとしたことなんですが、それさえクリアしたら一軍でも通用すると思いますよ」と見ている。バントの名手に、バントはうまいと言わせるのだからたいしたもの。」一段と成長していることを認めている。
 

 2試合とも自分の役割りをきっちり演出した。打順はつなぎ役として重要な2番。岩崎には、はまり役。10日の試合、1,2打席はトップの谷がいずれも無死で2安打を放つと、きっちり定石どおり3塁前へコロがす。監督が言うように確かにうまい。最終打席で右前打を放つ。相手投手はベテラン金村暁。盗塁を阻止しようと必要以上のけん制を繰り返す。かなりの警戒心を持った状況の中、おかまいなしに2盗を決めた。翌日の試合も簡単に一塁線へ送りバント。中前打で出塁した6回にはすかさず盗塁に成功。スタートはいい。スピードは申し分ない。スライディングのスピードも落ちない。要するに、盗塁の条件であるスタート、スピード、スライディングの“スリーS”は今回見た限りは文句なし。走れる井端を欠いているチーム事情。一軍からお呼びがかかる日は、意外に早く訪れるかもしれない。

 試合が終わった。ミーティングも終了した。最後のアップをして引き上げてきたところで岩崎をつかまえてみた。表情がいい。向上心をもった顔だ。まず、リーグトップを行く盗塁についての話。「クセが出やすいピッチャーはスタートを切りやすいし、けん制があまりうまくないピッチャーの場合は、リードが大きく取れますので成功率が高いと思いますが、クイックの出来る投手ですと、やはり走るのはむずかしいですね。左ピッチャーですか…。わりと盗塁しやすいです。顔を見てリードをとっていますと、表情でホームにk投げるか、けん制がくるかだいたいわかりますので、思い切ったスタートが切れます。問題はクイックのできる投手ですね。これからまだまだ勉強することはたくさんあります」といいながらもかなり警戒していた金村を相手に走ったのだからたいしたもの。

 目指すは一軍だ。アマチュア時代、高校(東海大相模)では、一年生でショートの定位置を確保した。大学時代は、ベストナインに2度選ばれ、世界大学野球選手権にも日本を代表して出場。準優勝に貢献した。申し分のない実績を持ってのプロ入りだったがその壁は厚かった。昨年、一度は一軍に昇格した。6月13日の日本ハム戦(交流戦)にはスタメンで起用されたが結果は2試合に出場しただけで再びファームへ。今の課題を聞いてみた。私は、てっきり「バッティング」の言葉が返ってくると思っていると「いや、バッティングではありません。守りです。今回も危ないプレーはいくつもありましたが、まわりの人が安心して見ていられる守備力を身に付けたいですね。それに、僕の場合、当たり前のことが当たり前にできるプレーヤーになることです。物凄くむずかしいのは分かっていますがチャレンジしていきます」だった。継続は力なり。名脇役だった川相監督の話を聞くのも、大いに勉強になるはずだ。


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ウエスタン一番星
本間勝(ほんま・まさる)
 1939年(昭14)5月1日生まれ。愛知県出身。中京商(現中京大中京)を卒業後、58年に阪神タイガースに入団。投手として活躍し、60年5月15日の巨人戦で初勝利をマーク。この年に13勝を挙げた。66年に西鉄に移籍。翌年、現役を引退。
 現役生活は実働10年で、216試合に登板。28勝38敗。16完投、4完封で377奪三振。通算投球回数は693回1/3で防御率2・86。
 退団後は14年間の新聞記者生活を送る。球団の営業担当などを歴任し、阪神の球団広報に。吉田義男氏(日刊スポーツ客員評論家)が3度目の監督に就任した時は広報部長。大物外国人グリーンウェル(レッドソックス→阪神)が「神のお告げ」で途中帰国したときの対応に苦慮。「あの年は、なかなかしんどかったですなあ」と振り返る。星野監督には、シーズン中の記者とのお茶会を進言。「あれだけ気の利く監督でしたから。広報の私は必要ないですな、と言ったこともありましたよ」。激しいスクープ合戦を繰り広げる虎番記者と、監督や選手との調整に手腕を発揮した。長い記者生活のキャリアを生かした名物広報ぶりに、お世話になった虎番は多数。
 現阪神タイガースOB会副会長。

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