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2010年7月29日

故障、ゼロからのスタート

~阪神・野原祐也選手~

 今週の話題を捜しに鳴尾浜球場を覗いてみた。今、ファームはフレッシュオールスターゲーム(長崎)が終わって折り返し地点。阪神タイガースは、ウエスタン・リーグで首位。連日の猛暑日。正直いって暑い。灼熱の太陽が容赦なく照り付ける中の練習。昼食をとってからは紅白戦が始まった。

 各選手の動きに注目していると、「おやっ」と思える光景が目に入った。今季ドラフト1位の二神がバットボーイ、ボールボーイをしている。もう一人、一昨年の高校生ドラフト1位高浜は、打者が2塁打を放った時など、2塁ベースまで走者がはずした防具を受け取りに走っている。二人ともテキパキした行動だ。これって・・・。故障者に対しての“お灸”と見た。少なくとも私の目にはそう映ったが、若手を厳しく育てていくうえで「もう故障はしたくない」の意識を持たせるなど、己を厳しく見つめていくためには、ある意味、素晴らしい教育のひとつだと思う。選手を見る目の厳しい平田監督の考案だろうが、要するに“愛のムチ”である。首脳陣には人情と愛情。そして、時には非常になることが望まれるからだ。

 我々OBにとっては頼もしい一面を拝見させてもらったが、翌日のクラブチームとの交流戦では、明るい話題と遭遇した。昨年、育成選手から支配下選手に登録され、一軍デビューまでした野原祐也選手(25)が、スタートティングメンバーで出場したのだ。「長かったです。うれしいですね。」本当にうれしそうに笑った。やっと笑顔が戻った。本来なら今シーズンは一軍定着が期待されていた“ガッツマン”だが、3月、右手の平に痛みを感じた。小指側の手首に近いところ。有こう骨、丁度バットのグリップエンドで衝撃を受けるところ。はじめは骨に異常無しの診断だったが、なかなか痛みがとれない。結局、再診で骨折が判明して手術。約4ヶ月。「長かったあ」の言葉には実感がこもっていた。

 6番レフトで出場し、途中からはライト。最後はファーストを守ってフル出場。中盤まで完全に抑え込まれていたタイガースの初得点は野原祐の中前タイムリー。この日のヒットはこの1本だけだったが、やはり存在感がある。彼の現状を続木トレーニングコーチに聞いてみた。「いままでは、リハビリ組で動いていましたが、やっと僕のところにきました。もう全然痛みはないみたいです。要するに、もうなんでもできるようになったということです。最近、同じところをいためる選手が多いようですが、頑張ってほしいですね。」完治間違いなし。

 試合後のミーティングが終わった。ロッカーへ引き揚げる前の、最後のランニングでは、平田監督につかまった。「祐也!祐也!。お前なあ、今日、自打球を足に当ててから防具をつけたやろう。それでいいんかあ!折角ケガが治ったところなのにまた故障するようなことがあったらどうするねん。いいかあ。そんなことじゃあ、あかんぞ。今日はもうランニングはいいよ。もっと気をつけろ!」のお叱り。うれしい一日であったはずだが、この時ばかりは平身低頭。頭を何度も、何度も下げながら引き揚げた。

 「苦しかったです。やっぱり、野球選手でありながら、野球ができないのは本当に辛いですね。でも、外野で打球を追いながら、他の選手のバッティングを見て、あっ、この選手は内角球をこう打つんだ。なるほど、これいいなあ。とか、外角の球はどう打つんやろう。など、いろいろと勉強させてもらいました。やっと今年のスタートが切れます。ゼロからのスタートです。もう、ケガはしたくありません。ケガをしない体作りをしていきます」

 野原は自分にこう言い聞かせていた。この日はウエスタンリーグ公式戦のため名古屋へ移動する。「やっと参加できます」遠征の用意をする姿は弾んでいた。


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ウエスタン一番星
本間勝(ほんま・まさる)
 1939年(昭14)5月1日生まれ。愛知県出身。中京商(現中京大中京)を卒業後、58年に阪神タイガースに入団。投手として活躍し、60年5月15日の巨人戦で初勝利をマーク。この年に13勝を挙げた。66年に西鉄に移籍。翌年、現役を引退。
 現役生活は実働10年で、216試合に登板。28勝38敗。16完投、4完封で377奪三振。通算投球回数は693回1/3で防御率2・86。
 退団後は14年間の新聞記者生活を送る。球団の営業担当などを歴任し、阪神の球団広報に。吉田義男氏(日刊スポーツ客員評論家)が3度目の監督に就任した時は広報部長。大物外国人グリーンウェル(レッドソックス→阪神)が「神のお告げ」で途中帰国したときの対応に苦慮。「あの年は、なかなかしんどかったですなあ」と振り返る。星野監督には、シーズン中の記者とのお茶会を進言。「あれだけ気の利く監督でしたから。広報の私は必要ないですな、と言ったこともありましたよ」。激しいスクープ合戦を繰り広げる虎番記者と、監督や選手との調整に手腕を発揮した。長い記者生活のキャリアを生かした名物広報ぶりに、お世話になった虎番は多数。
 現阪神タイガースOB会副会長。

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