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2010年6月09日

育成試合

~立石ファーム育成チーフコーチ~

 阪神タイガースが、各月ごとに配布してくれる日程表に目を通すと、ファームの試合に“育成試合”なるゲームが結構組まれている。相手は四国とか関西の独立リーグであり、社会人チーム、クラブである。数年前から開催されてはいるが、今年になって試合がぐっと増えている。平田監督は元々、実戦練習になるし、ゲーム数は多い方がいいの方針。特に現状は育成選手が9人在籍している。ウエスタン・リーグの公式戦だけでは試合にあまり出場できない選手が出てくる。成長に遅れをきたすことになり、育成試合を積極的に取り入れたことに意義がある。

 巨人など、すでにロッテを育成選手の混合チームを結成して、イースタン・リーグの試合がないチームと練習試合を行っている。そこから生まれた生まれたのが、山口であり、松本である。両選手、いまや1軍の戦力(松本は故障でリタイア)として欠かせない存在に成長している。この結果を見ると、タイガースの方針は遅きに失した感はあるが、プロ野球界は今日、明日に終わってしまう世界ではない。将来のことを考えたら今からでも遅くはない。今後の成り行きをじっくり見ていきたい。

 即、結果が出るものではない。何年か先を見据えた方針だろうが、なぜ試合を行うことがチーム作りにプラスになるか。今年から担当となった立石育成チーフコーチのチームが遠征に出た時は、「どうしても故障者と育成選手が中心になります。残留している選手の人数が少ないので、できる範囲といいますか、ゲーム形式の練習はできません。個人技を伸ばすことが主になりますが、やはり毎日が練習だけですと、変化はありません。選手の気持ちがどうしても測りにくい面はあるでしょう」という話しを聞いて分かると思うが。練習だけでは本当の“自信”はつかめないからだ。

 人それぞれ違いはあるが、ファームの選手が1軍デビューするまでの過程を説明してみる。過去を振り返ってみると、純粋に野球が好きな人。野球を好きであり続けた人。一心に野球をやり抜いた人。要するに野球を楽しむために選手は、間違いなく檜舞台で活躍している。理由は説明するまでもないだろう。野球の好きな人は、どんなに厳しくとも、野球に打ち込める人物だからだ。練習、この世界だけではないだろうが、本当に厳しいものなのだ。

 練習は嘘をつかないという。まさに、その通りだが。技術という、目に見えて日に日に進歩していくような簡単なものではに。毎日、毎日。やっても、やってもまったくヒントさえつかめない日が続く。そんな自分自身がもどかしくなる。厳しさから逃げ出したくもなるが、逃げたら終わりだ。どこまでもやり続けていくしかない。悩みに悩むものの、さらに努力を積み重ねていくと、ある日突然「これだ」というヒントをつかむ。ただ、厄介なことに、このヒントをつかむのがいつなのかは誰にもわからない。技術を身につける近道もない。光がみえない練習を続けるのは本当に苦しい。おまけに、疑問を解くための手がかりを得ても、練習だけでは半信半疑のままなのだ。試合で結果を出して初めて自信となり、自分のものになる。練習がいかに辛いか。実戦がいかに大事か。克己を持たない限り練習、実戦を乗り越えることはできない。

 育成試合が持つ意味をわかっていただけたと思う。この方針を打ち出してまだ日は浅い。9日には初めての試み、阪神―ソフトバンクの混合チームで独立リーグの長崎セインツと戦った。今回は福岡の雁の巣で試合は行われたが、同じ混合チームで次回は関西でも予定されている。3日にはじまり、10試合以上消化している。立石育成チーフコーチに聞いてみる。「育成試合は本当にありがたいですね。公式戦にはあまり出場できない選手を起用することができますし、選手にしても首脳陣にアピールできるチャンスですからね」と語ってくれた。育成試合は平田監督はネット裏から選手の動きをチェックし、同育成チーフコーチが指揮を執っている。

 私も何試合か見せてもらったが出場機会の少ない選手だけでなく、ドラフト1位、2位の二神、藤原の初試技は育成試合だったし、ある時はメッセンジャーが調整登板していた。勝敗は別にして若い選手が自分をアピールするために一生懸命取り組んでいる姿を見ていると、何物にもにもかえがたい。もっと、もっと力を入れてほしい方針だ。


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ウエスタン一番星
本間勝(ほんま・まさる)
 1939年(昭14)5月1日生まれ。愛知県出身。中京商(現中京大中京)を卒業後、58年に阪神タイガースに入団。投手として活躍し、60年5月15日の巨人戦で初勝利をマーク。この年に13勝を挙げた。66年に西鉄に移籍。翌年、現役を引退。
 現役生活は実働10年で、216試合に登板。28勝38敗。16完投、4完封で377奪三振。通算投球回数は693回1/3で防御率2・86。
 退団後は14年間の新聞記者生活を送る。球団の営業担当などを歴任し、阪神の球団広報に。吉田義男氏(日刊スポーツ客員評論家)が3度目の監督に就任した時は広報部長。大物外国人グリーンウェル(レッドソックス→阪神)が「神のお告げ」で途中帰国したときの対応に苦慮。「あの年は、なかなかしんどかったですなあ」と振り返る。星野監督には、シーズン中の記者とのお茶会を進言。「あれだけ気の利く監督でしたから。広報の私は必要ないですな、と言ったこともありましたよ」。激しいスクープ合戦を繰り広げる虎番記者と、監督や選手との調整に手腕を発揮した。長い記者生活のキャリアを生かした名物広報ぶりに、お世話になった虎番は多数。
 現阪神タイガースOB会副会長。

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