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2009年7月09日

夢を現実にした男

~ソフトバンク・堂上隼人捕手~

 夢をあきらめない勇気。夢を見続ける勇気。夢を追い続ける勇気。夢を見失わない勇気。大きな夢を勇気を持って抱いてきた選手がいた。ソフトバンク・堂上隼人捕手(27)。プロ野球選手に憧れ、願望を持って頑張り、ついに現実のものにした。まだ、目標達成にまでは至っていないが、プロとしてスタートラインに並んだ。過去を振り返ってみる。高校(武相)を卒業して大学(横浜商大)に進学。社会人(日産自動車)でも野球を続けた。ここまではよくあるケースだが、さらにレベルアップを目指して四国・九州アイランド・リーグの香川オリーブガイナーズに入団した。信ずる者は救われる。

 球歴に目を通してみると、夢を捨て切れなかったのがよくわかる。この精神力には頭が下がるが、やっとプロ野球チームのユニホームを着たものの、背番号は3けたの「125」。今季の育成枠5位の入団だ。育成選手は、ウエスタン・リーグの公式戦には出場できるが、支配下選手登録をされていないので、1軍の試合には出られない規定になっている。今年で27歳。年齢に余裕はない。「なんとしても、プロ野球界で」の強い思いは、何事にも負けなかった。自主トレ、スプリングキャンプ。若い選手を圧倒した。野球に取り組む姿勢。捕手としての資質は申し分ない。開幕の2日前だった。球団が支配下選手の登録をしてくれた。「うれしかったですねえ。支配下選手として契約していただき、この時、初めてプロの選手になったという実感がわいてきました」。笑顔が素晴らしい。今後の人生で一生忘れられない日になることは間違いない。

 背番号が125から42番に-。夢はまさに“正夢”となった。当然気持ちは乗ってくる。精神的にも充実した日が続く。やる気十分。堂上を入団した時から見守り、アドバイスをしてきた田口2軍バッテリーコーチに現状を聞いてみた。「もう、大学、ノンプロ、独立リーグまで数々の経験を積んできた選手です。キャッチャーとしてのやるべきことは、きっちりやってくれています。本人は、私に、いろいろアドバイスを受けていると言っているかもしれませんが、私は、1軍でも十分通用すると思っています」と言う。試合後の同コーチ。堂上を含めた捕手陣を集めて、その日の反省をしている。口調は厳しいが、表情からは愛情が感じられる。

 プロ入りして半年が経過した堂上はいま「田口コーチにいろいろな角度からアドバイスをいただいています。1軍と2軍の違いなども、わからないことが多いので教えてもらっています。それに、まだ1軍のピッチャーの人たちの球は捕ったことがありませんので、どんな球を投げるのか、どんなウイニングショットを持っておられるのかも、よくわかりませんので、DVDをいただいて、それを毎日見て勉強しています。いまはすべてが勉強ですね」。この世界の知識を得ようと猛勉強中。キャッチャーというポジション。自チームは当然のことながら、相手チームのことまで把握しておくことを要求される。とにかく経験を積むことだ。

 先日、甲子園球場でウエスタン・リーグが行われた。阪神-ソフトバンク戦。捕手・堂上に注目してみた。初日が先発で、2日目は途中からマスクをかぶった。バッティングでもこの時点では3割をキープしていたが問題は守りだ。構えはどっしりしているので、ピッチャーは投げやすいはずだ。動きはキビキビしてテンポがいい。投手をはじめ、野手にも常に声をかけている。捕手としての気遣いは十分。経験がないとなかなかできないことだが、堂上の動きは自然だ。あとはプロのノウハウを身に付けること。「僕も、もう若くはありません。プロ入りという念願がかなったのは確かですが、目標はあくまでも1軍で活躍することですし、現状で満足しているようではダメです。これからが本当の勝負です」。その通りである。夢はひのき舞台で活躍するまで持ち続けてほしい。1軍昇格、遠くはないと見た。


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ウエスタン一番星
本間勝(ほんま・まさる)
 1939年(昭14)5月1日生まれ。愛知県出身。中京商(現中京大中京)を卒業後、58年に阪神タイガースに入団。投手として活躍し、60年5月15日の巨人戦で初勝利をマーク。この年に13勝を挙げた。66年に西鉄に移籍。翌年、現役を引退。
 現役生活は実働10年で、216試合に登板。28勝38敗。16完投、4完封で377奪三振。通算投球回数は693回1/3で防御率2・86。
 退団後は14年間の新聞記者生活を送る。球団の営業担当などを歴任し、阪神の球団広報に。吉田義男氏(日刊スポーツ客員評論家)が3度目の監督に就任した時は広報部長。大物外国人グリーンウェル(レッドソックス→阪神)が「神のお告げ」で途中帰国したときの対応に苦慮。「あの年は、なかなかしんどかったですなあ」と振り返る。星野監督には、シーズン中の記者とのお茶会を進言。「あれだけ気の利く監督でしたから。広報の私は必要ないですな、と言ったこともありましたよ」。激しいスクープ合戦を繰り広げる虎番記者と、監督や選手との調整に手腕を発揮した。長い記者生活のキャリアを生かした名物広報ぶりに、お世話になった虎番は多数。
 現阪神タイガースOB会副会長。

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