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コラム <1998−2008 松坂世代・10年の軌跡>

第5回 元阪神寺田
元阪神寺田さん、3年間のプロ生活/上

元阪神の寺田祐也さんは鮮やかなオレンジ色のバッグを手に登場(撮影・川口敦子)元阪神の寺田祐也さんは鮮やかなオレンジ色のバッグを手に登場(撮影・川口敦子)

 鮮やかなオレンジ色の旅行バックを右手に、ツルツルに頭を剃りあげた元阪神内野手、寺田祐也さん(28)はさっそうと姿を現した。

「どうですかね? このバッグ」。商品カタログを開き、身ぶり手ぶりをまじえて商品をアピールする。彼は今、大阪市内でアクセサリーやバッグをネットで販売する会社を経営している。社員7人の小さな会社だ。「仕事じゃないですけど、準硬式野球の商社対抗戦で、やっていますよ、野球は。今はピッチャーです」。これが本当に、21歳の時に、戦力外通告を突きつけられた選手なのだろうか? こちらの目を真っすぐに見つめて、笑顔でハキハキと話す彼に、野球人生に対する屈折した陰のようなものは全く感じられなかった。
 
1998年、ドラフト5位で阪神に入団した。1軍出場がないまま3年目のシーズンが終わろうとした2001年9月14日、運命の日が訪れた。最終戦でウエスタン・リーグの優勝を決めた夜だった。寮の応接室に呼び出しを受けた。「来年の契約はしません」。まさか…。思いもよらぬ戦力外通告だった。入団当初、担当スカウトからかけられた「5年間は死ぬ気で頑張れ」の言葉は何だったのか。まだ3年目のシーズンが終わったばかり。マネジャーからのわずか10分程度の事務的な説明が終わると、寮の自室に戻り、ぼう然とした。2歳上の先輩、高山智行さんが部屋を訪ねてきた。彼もまた、戦力外通告を受けていた。最終戦で2本のホームランを打ったにもかかわらず…。「これからどないしようか」。プロ野球がいかに厳しい世界なのかという現実を受け入れざるを得なかった。
 
それから2週間後。9月29日付の日刊スポーツ(首都圏版)に小さな記事が掲載された。
 「阪神は中込伸(31)吉田豊彦(35)酒井弘樹(33)井上貴朗(26)奥村武博(22)の5投手と、星野修(31)寺田祐也(21)高山智行(23)の内野手3人に戦力外通告をした」。

 8人が戦力外通告を受けたが、21歳の寺田さんが一番若い。わずか5行程度の短い記事だが、これだけを見てもプロの厳しさが伝わってくる。ちなみに高校を卒業して98年のドラフトでプロ入りした「松坂世代」の同期は29人。そのうち入団3年目で解雇されたのは寺田さんと横浜の金川直樹内野手(山陽高出身)の2人だけだった。(続く)

 ◆寺田祐也(てらだ・ゆうや)1980年(昭55)5月7日、静岡市生まれ。静岡高時代は主将を務め、強打の三塁手として活躍したが、甲子園には出場できず。98年ドラフト5位で阪神入団。3年目の2001年秋に戦力外通告を受け、退団。1軍出場はなし。その後指導者を目指し大学受験に挑戦も失敗。イタリアのプロリーグでのプレーなどを経て、現在は、大阪市内でアクセサリーやバッグをネットなどで販売する会社「ラフェ・デリース」の代表取締役を務めている。家族は夫人と1女。商品などの問い合わせは、大阪市中央区南船場1の3の17、電話06・6420・4150まで。

2008年8月06日 11:01


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