第2回 楽天平石
楽天平石、あの夏から10年が過ぎて…/上
横浜戦で11回裏同点のホームを踏むPL学園・平石
あの試合を振り返ることを頑なに拒んだ。質問を投げかけた時、楽天平石洋介外野手(28)の表情は明らかに曇った。「あの試合をビデオで見たことは1度もありません」。何故? 「僕にとって高校時代の1試合に過ぎません。絶対、勝てた試合だと思いますし」。
10年前、1998年8月20日に行われた夏の甲子園準々決勝・横浜戦。PL学園の背番号13、平石は三塁コーチャーを務めていた。主将でありながら、肩を痛め控えに甘んじていた。それでも自分なりに役割を全うしようとゲームに集中した。彼の鋭い観察力がなければ、延長17回に及んだ伝説の死闘は生まれなかったかもしれない。
横浜松坂が投球モーションに入る直前に、コーチャーズボックスから打者に向かって声を送る。後に放送されたテレビ番組で、平石の名前は名勝負の中の欠かせないエピソードとして、残った。実際は球種を伝達していたわけではないが、横浜バッテリーを混乱させるパフォーマンスだった。試合にも途中出場し、松坂から安打も放った。球史に残る名勝負を演じ、その思い出は彼の宝物に違いないとばかり思っていた。
しかし…。「ケガもしていたし、一野球人としてやり残したこともいっぱいありますから」。悔しさに時効はないのだろうか。まるで昨日のことのように振り返り、表情をゆがませる平石を見てそう思った。しかし、不完全燃焼に終わった試合だからこそ、10年たった今も、彼の野球人生は続いているのかもしれない。(続く)
◆平石洋介(ひらいし・ようすけ)1980年4月23日、大分県生まれ。PL学園の主将として甲子園に出場。3年夏の準々決勝で松坂の横浜と延長17回の死闘を演じた。卒業後、同大−トヨタ自動車を経て2004年ドラフト7巡目で楽天入団。1年目から1軍出場を果たすが、定着できず。175センチ、75キロ、左投げ左打ち。今季推定年俸800万円。背番号33。家族は夫人と1女。
2008年7月31日 11:16
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