第1回 常盤良太
決勝2ランの常盤良太さんは今/上
1998年8月20日、PL学園戦で延長17回に決勝2ランを放ちガッツポーズの横浜常盤
真夏の青空を切り裂いて、横浜・常盤が振り抜いた打球は、右中間席中段に吸い込まれていった。一瞬の静寂、そして甲子園を包み込む4万3000人の大歓声。「絶対勝つからな」。延長17回表2死一塁。打席に入る前、常盤は松坂にそう告げた。初球、狙っていた直球がきた。「どうしても、松坂を楽にしてやりたかった」。その裏、三塁の守備に就く前、松坂から声をかけられた。「ありがとう」。いつも強気なエースの目に光るものを見た。結局、この2ランが決勝点となり、横浜はPL学園との3時間37分の死闘を制した。今から10年前、1998年8月20日のことだった。
「決勝2ランの常盤」。東海大進学後、事あるごとにこう呼ばれることに常盤良太さん(28)自身抵抗感があった。名前が一人歩きし、当時は、「打たなきゃよかったな」とすら思ったという。しかし、今はそんな思いはない。
彼は今、化粧品会社「日本ロレアル」の営業本部に勤務している。「今の自分で勝負したい。だから、仕事をやる上で、自分から横浜高校の話を持ち出すことはしたくない。でも、あの2ランを覚えていてくれるお客さんがいるというのは嬉しいこと」。そう語る姿は、今やすっかり立派な営業マンだ。
中学時代は「中本牧シニア」で全国優勝。横浜高校では3年時に春夏連覇。東海大では、3年春の全日本選手権に指名打者として出場し、大学日本一に貢献。4年春にはベストナインも獲得した。そんな、華々しい成績を残している常盤さんだが、四年春の大学選手権を最後に、プレーヤー引退を決意した。まだ秋のシーズンも残っている。社会人野球に進み、プロを目指す道も残されていた。それなのになぜ?彼の決断の裏には、今だからこそ言える見えない葛藤があった。(続く)
◆常盤良太(ときわ・りょうた)1980年(昭55)7月17日、横浜市生まれ。野球は瀬戸ヶ谷小3年から「山王ファイターズ」で始める。永田中時代は「中本牧シニア」に所属。横浜高−東海大で内野手として活躍。現在は「日本ロレアル」東日本営業部関東第一支店勤務。家族は両親と妹。血液型AB。レッドソックス松坂とは卒業後も仲が良く、今春東京ドーム開幕戦で帰国した際は、夕食をともにした。
2008年7月29日 12:00
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