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企画特集


高山通史の記事一覧

2011年2月14日

サイド転向の5年目・宮本が気になる

 日本ハムの春季キャンプは、斎藤佑樹一色と評してもいいほど、フィーバーしている。そんな1軍キャンプ地から車で約40分ほど離れた2軍の拠点、国頭村に、気になる存在がいる。...(高山通史)

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2011年1月15日

やはり新人離れ「すごくいい男」斎藤佑樹

 1月11日。2011年になって初めて2軍本拠地の千葉・鎌ケ谷が、取材現場になった。ドラフト1位の斎藤佑樹投手(22=早大)が、2軍の勇翔寮に入寮する節目の日だった。名産の梨畑など、自然に囲まれた牧歌...(高山通史)

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2010年11月15日

逆転のサクセスストーリーを楽しみに

 日本ハム梨田昌孝監督は、少し遠い目をしながら、ちょうど10年前の出会いを回想していた。00年。近鉄で初めて監督を任された年だった。「こんなに細くて大丈夫かな、と思ったけどね。本当にこんなに細かったか...(高山通史)

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2010年10月18日

坪井智哉、2度目の旅立ち

 日本ハムのユニホームを着る最後の瞬間を、五感で受け止めていた。札幌ドームでの9月26日西武戦。坪井智哉は、球団関係者らにお願いをしていたという。打席登場時のオリジナルBGMを、この時だけは流さないで...(高山通史)

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2010年8月30日

5年前のシーズンを思い出す今季の戦い

 ちょうど今、5年前のことを思い出している。...(高山通史)

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2010年8月01日

帯広限定での「道東シリーズ」

 少しの寂しさと違和感があった。7月30日から1年に1度の「道東シリーズ」の取材で、帯広に2泊した。昨季までは釧路-帯広とのセットで組まれていた1カード2試合が、今季から変更された。釧路が初戦で、帯広...(高山通史)

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2010年7月04日

ダルビッシュの新記録の予言者がいた

 ダルビッシュ有の新記録の予言者がいた。プロ入りしてからエースへと上り詰めるまで、ほぼ専属で捕手としてコンビを組んでいる鶴岡慎也だ。7月3日の楽天戦(Kスタ宮城)で、自己最高記録となる155キロをマー...(高山通史)

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2010年5月18日

ダルからマエケンへ「10球」メッセージ

 エースの看板を背負った2人だけが真実を知る、心温まるような「交流戦」があった。5月15日広島戦(マツダ)。日本ハム・ダルビッシュ有が、初めて前田健太と投げ合った。...(高山通史)

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2010年5月11日

不屈の左腕武田勝に期待

 交流戦を前に、復活が待たれるキーマンがいる。先発陣の左腕エース武田勝だ。開幕から8試合に先発して1勝4敗、防御率4・07。その数字以上に、さすがにやつれたような表情が気になる。...(高山通史)

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2010年4月25日

低迷は…有望株たちの執着?

 開幕から約1カ月が経過しても、日本ハムの低迷が続いている。主力選手の故障者が続出するなど、いろいろな要因が挙げられるだろう。個人的な見解としてだが、問題点の一つは、期待していた若手が、想定していた以...(高山通史)

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2010年4月13日

それぞれの心に生き続ける木村拓也コーチ

 4月7日。日本ハムのチーム全体を、深い悲しみが覆った。OBでゆかりが深い巨人木村拓也内野守備走塁コーチが死去。37歳の若さ、志半ばでの他界を悼んだ。同い年の稲葉は沈痛な表情で思い出を語り、ダルビッシ...(高山通史)

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2010年3月31日

ダークホース紺田が台風の目に

 横浜へ移籍した助っ人大砲が抜けた穴を埋める「ポスト・スレッジ」で注目された、今季の左翼手のレギュラー。ダークホースが、台風の目になってきた。8年目を迎えた、紺田敏正だ。...(高山通史)

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2009年12月14日

もがきながら確固たる居場所見つけた3人

 今回が2009年最後の更新。年末が近い。私の日本ハム取材歴の中で、今年は感慨に浸るシーンの連続だった。精神疾患を乗り越えた小谷野栄一と、投手から野手に転向して花開いた糸井嘉男のゴールデングラブ賞コン...(高山通史)

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2009年11月29日

初代オーナーの偉業に花添えるパ制覇

 日本ハム球団にとっての記念すべき1年を、華々しく終えた。日本ハム本社の創業者である、大社義規初代オーナー(享年90)が今年1月、特別表彰で野球殿堂李入りを果たした。日本一、球場へ足を運ぶと呼ばれた名...(高山通史)

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2009年10月20日

騒動だけでなく真剣勝負もクローズアップを

 21日から楽天とのクライマックスシリーズ(CS)第2ステージが、札幌ドームで開幕する。野村克也監督の退任騒動が注目される、最大6試合制の短期決戦。ちょうど2年前を、思い出している。...(高山通史)

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2009年10月13日

担当記者として行きたくない現場

 小雨が降りしきっていた。ただでさえ重たい気持ちを、倍加させるような天候だった。  10月2日。午前中に札幌をたち、千葉・鎌ケ谷の2軍施設に取材へ向かった。2軍スタッフ、選手スタッフの来季契約の動向に...(高山通史)

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2009年9月07日

日本ハムが社会へ鳴らした警鐘

 首位を走る日本ハムの主力選手らが新型インフルエンザに集団感染したが、一時離脱者が集中して同時期に出るアクシデントは、担当記者になって6年目で初めてのことだった。...(高山通史)

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2009年8月11日

陽仲寿ほろ苦いデビュー戦

 怒りに満ちた表情で試合後、バスへ乗り込んでいった。陽仲寿は、ほろ苦いデビュー戦をかみしめていた。...(高山通史)

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2009年7月28日

江尻、亡き友の思いを胸に奮闘

 江尻慎太郎のバッグには、1枚の写真が入っている。シーンは背番号「57」が表示された、東京ドームの大型ビジョン。親友への思いの証しである。...(高山通史)

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2009年7月13日

日本ハムの外国人選手

 左肩痛で新外国人のライアン・ウィングの今季中の復帰が絶望的な見通しになった。このブログを書いている7月12日現在で、今季の外国人5選手のうち、1軍にいるのが投手ではスウィーニー、野手ではスレッジだけ...(高山通史)

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2009年6月29日

祭りだから…見る機会の少ない選手も

 日本ハムの話題からは脱線するが、ちょっとリンクしているので触れさせてもらう。来月、7月24日に札幌ドームでオールスターの第1戦が行われる。その最終の中間発表で、日本ハムの選手がパ・リーグ8部門でトッ...(高山通史)

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2009年6月07日

中継ぎ菊地が躍進の1年を突き進む

 今や白星へとつなげるピースの1つになった。中継ぎ右腕の菊地和正(26)が、躍進の1年を突き進んでいる。...(高山通史)

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2009年5月18日

2つの野球人生に刺激受けた

 旅立ちの春という枕ことばを、実感する2つの野球人生の再出発を目の当たりにした。 ...(高山通史)

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2009年4月13日

福良ヘッドの目配り気配り

 開幕から予想を裏切り、好調を維持する打撃陣。昨季は「極貧打線」とありがたくない愛称をちょうだいするほど、低迷していた。チーム成績はリーグ最低の打率&本塁打&得点の「ワースト3冠」。時期尚早とは分かっ...(高山通史)

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2009年2月02日

陽と中田への期待感じたキャンプ初日

 2月1日。沖縄・名護で春季キャンプがスタートした。真新しいユニホームへ身を包んだ選手らと久々に対面。オフで緩んだこちらも、久々に現場で緊張感を味わった。 ...(高山通史)

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2009年1月13日

オンリーワンの森本稀哲を見たい

 2009年最初になる今回。正月気分もすっかり吹き飛んだ1月11日に、この日記を書いている。「1」並びということで強引だが、勝手にお題を、背番号1の森本稀哲外野手に決めた。 ...(高山通史)

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2008年12月09日

プロ野球選手としての決意の強さ

 最近、特に肩身が狭い思いをしている。私は喫煙者である。日常生活では年々、分煙化が厳格になり、街へ出れば一服する場所を探すのに四苦八苦する。自宅でも完全分煙。この時期、氷点下の冷気を浴びながら、ベラン...(高山通史)

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2008年11月10日

満点ドラフトも取材は「完敗」

 記者として恥ずかしい話であることを承知の上で今回、書く。...(高山通史)

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2008年10月19日

CSは熱いが、目に余る周囲の人達も…

 クライマックスシリーズ第2ステージの熱戦が、西武ドームで行われている。そのさなかに、このブログを書いている。3年連続でポストシーズンの取材を経験している。私も含めてだが大多数の記者が、スーツ姿。大き...(高山通史)

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2008年9月22日

苦悩の1年、梨田監督の思いは…

 一時代のはざまで、もがき、苦悩した1年が終焉を迎えようとしている。...(高山通史)

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2008年9月02日

4位失速…新戦力出てこないのはなぜ?

 このブログを書いている8月31日、日本ハムがBクラスの4位へと転落した。細かい部分まで私見で要因を1つずつ挙げていったらキリがない。ただ1つ、失速を招いている大きな要素となっていると考えているものが...(高山通史)

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2008年7月07日

夏を堪能したい

 北京五輪へ向け、周囲は少しずつヒートアップしている。日本ハムのペナントレースも、もちろんおもしろい。だが五輪は、これまでと違うプロ野球選手の一面が見られる絶好の機会だ。日本ハムからは稲葉篤紀外野手、...(高山通史)

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2008年6月16日

球団の優しいスケジュール

 球団のある方から、苦情が殺到しているという話を聞いた。日本ハムの8月の主催試合の件について、2点についてファンからクレームの電話があるというのだ。それは8月の主催試合が少ないということと、北京五輪期...(高山通史)

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2008年5月26日

ファンとの化かし合いの必要はない

 今年も交流戦が開幕した。日本ハムはまずは本拠地での開幕2カードを4連勝とロケットスタートに成功。順調過ぎるほど、2年連続制覇へ向けて滑り出した。ここでパ・リーグの球団を担当する記者としては、新たな仕...(高山通史)

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2008年5月05日

野球に屋根はいらないような…

 楽天とのゴールデンウイーク3連戦。連日、4万超の観衆で埋まった。ぎっしりのスタンドは圧巻。記者席からの風景は、壮観そのものだった。スポーツのニーズ、娯楽性を、あらためて実感した3日間だった。絶好の行...(高山通史)

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2008年4月14日

プロ6年目で初の1軍、チャンスだ尾崎

 どんな思いで、この日を迎えたのだろう。尾崎匡哉内野手が4月12日、プロ6年目で初の1軍昇格を果たした。内野手のレギュラークラスに故障者が続出したためその穴を補うことが、抜てきの1番の理由。今年2月か...(高山通史)

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2008年3月24日

斬新なシーズンの始まり期待していた

 シンプルで良かったとも思うし、物足りなくも思った。3月20日。パ・リーグが開幕した。札幌ドームでのロッテ戦の試合前、開幕セレモニーが行われた。その前に選手がハイタッチで観衆を出迎える催しはあったが、...(高山通史)

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2008年3月03日

「なんくるないさ」ではすまされない

 なんくるないさ。沖縄の方言で「なんとかなるさ」という意味で、いわば沖縄の県民性をよく表す言葉とされている。...(高山通史)

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2008年2月10日

梨田監督と始まった5年目

 名護キャンプの取材をして今年で5年目。計5カ月をここで過ごしている計算になる。感覚には個人差があるだろうが、長い。ともに仕事をする担当記者の顔ぶれは大きく変わりはしたが、すべてが、もう見慣れた光景だ...(高山通史)

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2008年1月20日

山田GMの手腕に注目したい

 注目の中田翔ら新人とともに、新たなステージに立った人がいる。山田正雄ゼネラルマネジャー(GM)だ。GMを3年間務めたヤクルト高田繁監督の後継として、重責を託された。前職はスカウトトップのアマスカウト...(高山通史)

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2007年12月23日

ある若手選手へひと言

 一抹の不安、もどかしさを感じた1日だった。さらに若返る来季の動向が気になり、若手選手が多い千葉・鎌ケ谷へ先日、取材へ行ってきた。優勝旅行帰りの主力も含め、数人の選手がランニングなどで汗を流していた。...(高山通史)

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2007年12月10日

ダル貴重な体験生かして

 北京五輪アジア予選の取材から12月4日、帰国した。フィリピン戦をのぞけば、韓国、台湾戦とも見どころある展開。さすがに仕事を忘れることはなかったが、試合自体が面白かった。昨年のあまり熱気がないアジアシ...(高山通史)

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2007年11月25日

厳しい現実

 厳しい現実を目の当たりにした。11月20日から福岡入り。北京五輪アジア予選の取材のため、その4日後の今、台湾・台中のホテルでこのブログを書いている。日本ハム勢はダルビッシュ、稲葉の2人。武田久、武田...(高山通史)

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2007年11月03日

考えさせられた1日

 担当記者として、まったく予想できなかった1年が終わった。11月1日。ナゴヤドーム。日本シリーズは1勝4敗で、2年連続制覇の夢が断たれた。歓喜にむせぶ中日ナインのセレモニーを、日本ハムの選手たちはベン...(高山通史)

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2007年10月20日

マイペースな選手たち

 日本ハムの選手はたくましい。というか、むとんちゃくなのか? それともあえて無関心を貫いているのか。...(高山通史)

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2007年10月12日

「主役」不在のポストシーズン

 クライマックスシリーズ(CS)第2ステージ(S)が、もうすぐ始まる。パ・リーグを制覇して第2Sで待ち受けることになった日本ハムは、公式戦終了から中9日でようやく本番へ臨む。その間は、練習に紅白戦にオ...(高山通史)

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2007年10月04日

ドラフトの表も裏にもドラマがある

 1年間の成果が、たった1日で決まる。しかも抽選など、運にも左右される酷な世界だ。10月3日。都内のホテルで行われた高校生ドラフトの取材へ行ってきた。夏場の日焼けの跡がまだ残る、色黒の大男たちが勢ぞろ...(高山通史)

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2007年9月21日

楽天ファンの行動に癒やされた

 ヒルマン監督の後任に、優勝した時に備えての取材…。そんな張り詰めがちだった心を、和らげてもらった。9月19日楽天戦。試合後、田中幸雄選手の引退セレモニーが行われた。もちろん大ベテランの感極まったあい...(高山通史)

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2007年9月13日

やはり「アメリカ人」だった

 やはり「日本人」ではなかった。ヒルマン監督が9月8日に突然、今季限りでの辞任を表明した。球団も、日本ハム本社も続投を希望していたが、自ら身を引くことを決めたのだ。試合前に球団広報からの報道陣への連絡...(高山通史)

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2007年9月08日

ミスマッチなベンチのスーツ姿

 ファンの方やテレビで、日本ハム戦を見たことがあるなら人なら1度は目にしたことがあるだろう。札幌ドームで勝った場合の試合後、スーツ姿の人たちがベンチで、ヒルマン監督や選手と握手や抱擁をしているシーンを...(高山通史)

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2007年9月01日

何となく淡々と

 ドキドキした時があったかな、ワクワクした時があったかな。9月に入った今、思い返しても、そんな節目の試合を挙げることができない。今年の日本ハムは、悪く言えば「何となく」勝ってきて、きっちりと首位にいる...(高山通史)

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2007年8月24日

不退転の決意

 シーズンも佳境の今、気になる人が奮闘している。坪井だ。昨オフの戦力外通告から、言葉は悪いが複雑な経緯を経て「出戻り」で再スタート。阪神時代には天才打者と呼ばれたプライドをかなぐり捨て、準レギュラーと...(高山通史)

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2007年8月16日

忍者・スッポン・マムシ?

 好調な日本ハムの陰のキーマンは、忍者にスッポンにマムシにetc…。一見、関連性のないキーワードだが、実はこれ球団編成の源流ともいえる、日本ハムのスカウト陣の愛称です。ちなみに「忍者」とは、スカウトを...(高山通史)

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2007年8月10日

いつか自分も「お立ち台」に

 8月9日。渦中のダルビッシュが、お立ち台で婚約を発表した。すでにお相手の女優サエコは妊娠しており、ダブルのオメデタだ。他紙の報道があるまで、自らの取材不足を露呈するが、恥ずかしいことに知らなかった。...(高山通史)

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2007年8月02日

衝撃受けた道東シリーズ

 道東シリーズで、ちょっとした衝撃を受けた。7月28、29日の釧路、帯広遠征。2試合とも試合前には、球場周辺に人があふれていた。計約4万人を動員。釧路では取材に行く時には大渋滞でレンタカーに乗ったまま...(高山通史)

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2007年7月26日

もう一つの“熱い”戦い

 高校野球の地方大会が真っ盛りの今。プロ野球取材の現場でも、その熱気を感じることができる。外国人選手以外は全員が目指していた甲子園。プロへとステップアップしていった原点といってもいいだろう。この時期の...(高山通史)

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2007年7月19日

寡黙な「薩摩隼人」に注目

 7月13日の楽天戦。フルキャスト宮城での練習開始前に、ほほえましいシーンがありました。主役は飯山裕志内野手。寡黙な「薩摩隼人」がその日、28歳の誕生日を迎えました。日本ハムでは各選手がバースデーを迎...(高山通史)

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2007年7月12日

大人の態度で接して欲しい

 ほのぼのとしていた空気が一瞬にしてピリピリした。7月11日の札幌ドーム、オリックス戦。試合終盤の記者席から見ていたのは完投勝利目前の金村ではなく、スタンドだった。B・Bが激走している。顔はもちろん笑...(高山通史)

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2007年7月05日

真のスター選手が出て欲しい

 毎年だが、今年のオールスターはいろいろな意味で楽しみだ。パ・リーグのファン投票で楽天の選手が8人も選ばれた。田中、松本、福盛、ルーキー嶋、高須、礒部、鉄平、山崎武…。一部では「組織票」とか、うがった...(高山通史)

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2007年6月28日

日本ハム球団を象徴するトレード

 日本ハムが「台風の目」になりつつあると感じる。快進撃で初制覇した交流戦ではない。オフ、シーズン中の移籍市場でのことだ。6月26日、将来の中軸候補と期待していた木元、かつて主力として活躍していた清水を...(高山通史)

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2007年6月22日

「裏方」も戦っている

 このブログを書いているのが22日、交流戦初制覇が目前です。優勝賞金5000万円。監督、コーチ、選手ら現場と球団とで折半する方向で、ほぼ固まりました。ということは2500万円は、選手サイド。これまでの...(高山通史)

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2007年6月14日

どうしても気になる球団名の略称

 特にタイムリーではなく、今さらだが、ずっと思っていたことがある。14連勝と大型連勝をしている間、連日、もちろん北海道だけではなく全国的にも快進撃が大きく報道された。スポーツ紙のみならず各紙、見出しに...(高山通史)

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2007年5月31日

小谷野の活躍がうれしい

 人間は強くなれる、と実感できる選手がいます。26歳、小谷野栄一選手。30日現在、8連勝と好調なチームの中でラッキーボーイ的な存在です。打線はやや低調ですが、その中でも勝負強さを発揮。ここ3試合はスタ...(高山通史)

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2007年5月24日

余計な「情」はいらない

 交流戦の開幕カード巨人2連戦が23日、終了しました。連勝、勝率5割復帰、ダルビッシュとグリン、両投手の快投に田中幸雄選手のホームラン…。ともに逆転勝利、連日4万人超と見どころ満載の2日間でした。日本...(高山通史)

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2007年5月14日

「旬」な投手、武田久

 よく野球以外でも、日常会話でも使う「全力投球」という言葉。武田久投手を見ていると、その大切さ、尊さを実感させられます。昨季は75試合登板、45ホールドポイント。パ・リーグV、日本一、アジア王者の立役...(高山通史)

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2007年5月02日

大記録達成に立ち会える幸運感じる

 田中幸雄選手の集大成が、もう目前に迫っています。このブログを書いている時点で、残り6本で2000本安打に到達。高卒でプロ入りして22年目で、今季達成すれば実働年数ではプロ野球史上「最遅」ペースです。...(高山通史)

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2007年4月16日

洋平君に「1発」やられた

 07年の自分の運勢を占うような「1発」が飛び出しました。15日楽天戦。ルーキー金子洋平(以下は、親しみを込めて洋平君と表記します)に、待望のプロ初アーチが飛び出しました。1月の新人合同自主トレ、2月...(高山通史)

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2007年4月02日

無口で無骨だが存在感ある金子誠

 プロ野球が開幕した。またうらやましいな、と思う春が来た。選手会長兼主将の金子誠、先発で7年ぶり白星を挙げた建山…。2軍で苦しんでいるが、清水も1軍へはい上がろうと必死だ。今年32歳。同い年の選手がま...(高山通史)

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2007年3月26日

「寮長」菅野氏の訃報(ふほう)

 日本ハムの07年が始まった。千葉マリンでの開幕カード2試合、ロッテ戦が終わった。ともに引き分け。内容のある、面白い試合だった。ただ何か、気持ちは乗り切れなかった。そんな時は、なかなか原稿が書けない。...(高山通史)

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2007年3月19日

体感できるファンサービスを

 パ・リーグ開幕まであと5日。19日、遠征へと向かう機内でこのブログを書いている。選手たちと同じチーム便に同乗した。糸井、ルーキー金子洋、昨季途中で1軍に初昇格した稲田らとあいさつを交わした。搭乗ロビ...(高山通史)

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2007年3月12日

ひちょりの原点「神宮球場」

 いろいろな意味での原点で、開幕への思いを強くしていました。12日、雨天中止になったヤクルト戦。室内練習場を出て神宮球場の外周を歩きながら、ひちょりを取材しました。「懐かしいですね。高校の時、ここで試...(高山通史)

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2007年3月05日

背番号2の後継者は

 その時が来るまでは、どういう反応があるのか予想はできませんでした。3月1日の巨人とのオープン戦。昨季までの看板選手、小笠原が巨人のユニホームを着て札幌ドームへ登場しました。打席に入る時、拍手で迎える...(高山通史)

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2007年2月19日

記者のファッションにも注目!?

 キャンプ中、選手はさまざまな格好で練習をしています。契約メーカーの汗だしシャツを着たり、短パンにスパッツだったりと、公式戦に入ってからはあまり見られない、思い思いのファッションを披露しています。動き...(高山通史)

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2007年2月12日

和製4番の誕生に期待

 野手は、打ってナンボだ。今キャンプ。ルーキーでブレーク中の金子洋を見ていると、あらためて実感する。現在の球界ではオリックス清原、阪神金本、巨人小笠原、中日福留、古くは「ON」の王、長嶋…。いくら盗塁...(高山通史)

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2007年2月05日

キャンプに表れた日本一効果

 2月4日にキャンプ第1クールが終了した。例年なら1度くらい雨が降るが、今年はいまだなし。日差しも強く、少しだけ日焼けもしている。例年より、こんがりペースが早いのには理由がある。スタンドで練習をチェッ...(高山通史)

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2007年1月29日

伸びてくる選手と伸び悩んでいる選手

 いわゆるプロ野球でオフと呼ばれる期間が、もうすぐ終了します。31日に各球団がキャンプ地に入り、シーズンイン。公式戦の期間中は1軍の試合を中心に取材をしますが、オフはさまざまな場所、目的で日々、変化が...(高山通史)

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2007年1月23日

ことしも「泡盛パラダイス」?

 もうこんな時期か…。沖縄・名護の春季キャンプまであと10日を切りました。1月31日に出発するチームとともに、こちら取材陣も南国へと入ります。ちなみに日刊スポーツは北尾記者が1月21日に宮古島入り。先...(高山通史)

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2007年1月15日

プロ野球選手と代理人交渉

 このブログを書いているのが1月15日。春季キャンプまで約2週間になりました。そろそろ…という時期なのに、まだ契約を更改していない選手がいます。助っ人のセギノールを除けば、金村、マイケル、ダルビッシュ...(高山通史)

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2007年1月08日

幸せムード一色!5年目・尾崎もそのひとり

 お正月、成人式…と、おめでたいムード一色の世の中。日本ハムもひそかに、そんな幸せな空気にあふれています。今オフ、若手の選手たちの結婚ラッシュでした。2年目を迎える川島、高卒入団5年目の尾崎、昨年中に...(高山通史)

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2007年1月01日

もっと自己主張を

 新年を迎えました。だがプロ野球界の「正月」とはいつか、ご存じですか。それは開幕戦だと、よく言われています。実際に巨人へ移籍した小笠原、中日へ移籍した上田に話を聞いた時には、開幕前夜に「タイの尾頭付き...(高山通史)

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2006年12月26日

担当記者も人事異動の季節

 オフになって選手を直接取材する機会が少ないので、身内ネタで恐縮です。選手ら球団の「人事」が行われるこの時期は、各新聞社の担当記者も一緒なのです。11、12月がちょうどピーク。今、球場や球団事務所に行...(高山通史)

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2006年12月11日

豪快なプロ野球選手のお酒の席

 師走、12月。2006年も、もうすぐ終わりです。忘年会シーズン真っ盛り。日ごろはちょっと寂しいススキノも、この時ばかりは人があふれて活気づきます。今回はちょっとだけ、お酒のお話。外見ではお酒が強そう...(高山通史)

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2006年11月26日

最後の最後までいい人だった

 最後の最後まで、いい人だった。初めて取材をしたのは担当記者になってまだ1カ月あまりの3年前、03年オフ。都内のホテルだった。北海道へ移転前年、当時まで本拠地にしていた東京ドームMVP賞の表彰式だった...(高山通史)

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2006年11月16日

心が痛い季節

 プロ野球を担当している記者にとって今が1年間で一番、心が痛い季節かもしれません。今シーズンが終わり、来季への準備が着々と始まっているのがこの季節です。戦力外通告にトレード、または球団スタッフの方々の...(高山通史)

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2006年11月08日

日本一のチームに感じる寂しさ

 違和感を覚えざるを得なかったというのが本音でした。日本シリーズが終わってから、わずか2週間足らず。11月7日、その快挙以来、初めてチーム練習を取材しました。自身の休日に加え、いろいろな案件があったた...(高山通史)

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2006年10月30日

大スターにふさわしい『日本一』/新庄番(15)

 なかなか原稿を書き出すことができなかった。10月26日、午後9時28分。日本ハムの日本一が決まった。新庄選手が、そして森本選手が、左中間フェンスの真下で抱き合っている。札幌ドーム記者席のモニターには...(高山通史)

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2006年10月23日

最後まで笑顔でユニホーム着てほしい/新庄番(14)

 初めての日本シリーズで、新庄選手がまぶしいほどの最後の輝きを放っている。ナゴヤドームでの2戦を終えて23日、第3戦からの札幌ドームへ帰ってきた。打って、走って、守って…すべてに、光り輝いている。この...(高山通史)

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2006年10月17日

「記録よりも記憶-」の意味/新庄番(13)

 新庄選手の引退が間近に迫った今、私自身にもちょっとした「フィーバー」が起きています。困った依頼が殺到しているということ。何のお願いをされるかというと「新庄のサインを●枚、もらってほしい」というもので...(高山通史)

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2006年10月13日

ハムVで垣間見た本当の姿/新庄番(12)

 引退への花道がVロードになった。涙、涙、涙…だった。新庄選手が花束を抱えてグラウンドを1周した。スタンディング・オベーション。今まで聞いた事がない、大音量の拍手が降り注いできた。そんな光景をバックネ...(高山通史)

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2006年10月09日

新庄イズムの継承者/新庄番(11)

 プレーオフ第2ステージ開幕(10月11日)が目前に迫り、2年前を思い出してみた。北海道への本拠地移転元年で、プレーオフにレギュラーシーズン3位で進出。その年に入団した新庄選手が原動力となり、「及第点...(高山通史)

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2006年10月05日

最後まで全力なんです/新庄番(10)

 何かを残そうと、最後まで全力投球しています。きらびやかな外見からは想像できないほど、新庄選手は人間味あふれる人です。取材していても、ちょっと近寄りがたいオーラを放っています。それでも後輩思いの点は、...(高山通史)

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2006年10月02日

新庄選手を探す「裏技」/新庄番(9)

 今回はちょっと公式戦も一休みしたところで、野球ではない「番外編」でつづってみようと思います。担当記者として新庄選手を追い掛けてきた3年間。特に春季キャンプ中には記者としてはあるまじきことですが、姿を...(高山通史)

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2006年9月28日

球団と「気持ち」の大きなズレ/新庄番(8)

 本当に泣いたシーンを初めて見ました。新庄選手があらためて、引退宣言をしました。27日の札幌ドーム。レギュラーシーズン最終戦で、プレーオフ1位進出を決めた直後でした。球場内が暗くなり、新庄選手が自ら考...(高山通史)

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2006年9月25日

引退セレモニーはあってもいい/新庄番(7)

 新庄選手の「こんなシーンを見られたらいいな」と思ってしまいました。24日ロッテ戦。試合後、千葉マリンスタジアムではその日で現役生活を終える諸積選手の引退セレモニーが行われました。ちょっとだけ日本ハム...(高山通史)

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2006年9月21日

最後の日が近づいているという実感/新庄番(6)

 新庄選手との初対面の時を最近、たまに思い出すことがあります。このコラムを書いている9月21日の時点で、今季レギュラーシーズンは残り4試合。その後にプレーオフ、勝ち進めば日本シリーズがあります。ですが...(高山通史)

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2006年9月19日

ベンチのど真ん中の「指定席」/新庄番(5)

 新庄選手には、試合前にチームの誰よりも早く行わなければならない儀式があります。ファンの方なら知っている人も多いでしょう。まるでお花見のように「場所取り」をしているのです。試合前のベンチのど真ん中に、...(高山通史)

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2006年9月14日

真っ赤に染めて号泣させよう/新庄番(4)

 混パが続く中で、ひっそりと新庄選手の「引退セレモニー」の仕掛け、準備がスタートしました。9月12日西武戦から札幌ドームなどで「SHINJOプレミアム レッドTシャツ」が発売されました。これはプロ野球...(高山通史)

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2006年9月11日

引退撤回の声もあるけれど/新庄番(3)

 新庄選手の引退撤回を求めるファンの動きが、ここにきて大きくなっています。先日も温かみある博多弁で、報道陣に対して訴えてくる人がいました。「あいつを、何とかできんですかねえ。報道陣の皆さんも考えてくだ...(高山通史)

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2006年9月07日

終盤の大活躍を信じたい/新庄番(2)

 ちょっと気になります。新庄選手、最近元気がないんです。9月3日西武戦は欠場、同5日ソフトバンク戦は途中出場。試合前練習で様子を見ていても、何かちょっと物足りない…。ファンの皆さんも球場で、またはテレ...(高山通史)

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2006年9月04日

お立ち台に「新庄ルール」/新庄番(1)

 新庄選手が電撃的な引退発表をしてから約5カ月。レギュラーシーズンは残り1カ月を切り、日本ハムがプレーオフへ進めば、まだその勇姿を見る機会はあります。ですが、ユニホームを脱ぐ時は確実に近づいています。...(高山通史)

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2006年8月21日

投手陣にちょっと不安感じる

 交流戦が明けたばかりの楽天戦だった。試合前のメンバー表交換の際に野村監督は、ヒルマン監督にそっとこう声を掛けたという。「今年はチャンスがありますよ」。その予言通り、日本ハムのプレーオフ(PO)争いが...(高山通史)

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2006年8月14日

新庄特集はニッカン紙面で

 今回はちょっと宣伝もさせていただきます。北海道日刊スポーツの紙面で現在、毎週火曜日に新庄選手の特集ページを掲載中です。引退する日が、迫ってきました。そのため同選手にゆかりの深い方々からメッセージを寄...(高山通史)

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2006年8月07日

チーム内も話題持ち切り夏の甲子園

 夏の甲子園が今、日本の野球界の話題の中心です。それは日本ハムの選手間でも一緒。夏場は暑さのため、ほぼナイターだけという日程のため、選手も含めて裏方さん、ほか背広組の球団スタッフも試合前には熱心に携帯...(高山通史)

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2006年7月28日

ヒルマン監督に感じる“人間の強さ”

 夏真っ盛りのこの時期。ヒルマン監督を見ると、思い出すことがある。昨年7月19日。米テキサス州で病気療養中だった母キャロリンさんが亡くなった。69歳だった。その後の憔悴(しょうすい)ぶりは、監督と接し...(高山通史)

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2006年7月24日

新庄と過ごした短い夏

 珍しく受けた「取材攻勢」に、その偉大さをあらためて実感した。新庄が最後のオールスターを終えた。その期間中に異常事態だ。「新庄は次は何やるの?」「新庄はどのタイミングでパフォーマンスがあるの?」。日刊...(高山通史)

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2006年7月14日

高卒ルーキー陽の「超大物」ぶり

 年上の選手には、よくからかわれる(というかイジメ? )私。ですが12歳も年下なのに堂々と渡り合ってくる選手が、日本ハムの中にいます。いろいろな意味で「超大物」ぶりを感じさせるのが19歳で台湾出身、陽...(高山通史)

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2006年7月07日

王監督の偉大さと存在感

 あの夜。連勝に沸くお祝いムードは一瞬にして吹き飛んだ。7月5日。日本ハムが42年ぶりの9連勝を達成した直後、ソフトバンク王監督の病気療養の一報が札幌ドームにも飛び込んできた。おおかたの取材を終えてい...(高山通史)

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2006年6月30日

楽天野村監督のすごい存在感

 よく人間には「オーラ」というものがあるといわれる。一説にはその人が醸し出している、ある種のエネルギーと説明されることもある。霊感が決して強くはないというより、まったくないが、よく取材をしていて感じる...(高山通史)

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2006年6月23日

最低限のマナーはやはり必要

 甲子園。日本中の数ある球場の中でただ1つだけ「聖地」という、枕ことばを使うことがされる偉大な球場だ。少なくとも私は、そう思っている。新庄の同球場でラストゲームになる可能性が高い、19日阪神戦の試合前...(高山通史)

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2006年6月16日

人気の球団マスコットB・Bはすごいんです

 さて、突然ですが「なぞなぞ」です。日本ハムで1番ハードに毎日、練習している人は誰でしょう? そんな投げ掛けをされたら、私が真っ先に名前を挙げる「人」がいます。それは人気の球団マスコットのB・Bです。...(高山通史)

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2006年6月09日

絶景だった超満員の札幌ドーム

 6日阪神戦。新庄が札幌ドームの屋根から落下してきた。観衆は実数発表以後、最多の4万3473人。その光景を見た新庄も、きっと壮観な絶景だっただろう。新庄は翌日、OBの八木裕氏に「上しか見ていなかった。...(高山通史)

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2006年6月02日

「サムライ・ブルー」な小笠原

 6月。日本中は今、W杯サッカー一色に染まっている。プロ野球の存在感が、ちょっとだけ薄くなっている今日このごろ。「サムライ・ブルー」のジーコ・ジャパンが注目の的だが、日本ハムにも実は1人、その称号にふ...(高山通史)

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2006年5月26日

ニュースター誕生の予感

 食べ物も、野球も新鮮な方がいいに決まっている。交流戦もそろそろ折り返しだが、今年は新しい話題が満載だ。もちろん、その中心にいるのが八木。昨季までは新庄、ルーキーだったダルビッシュに偏りがちにならざる...(高山通史)

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2006年5月19日

新庄の原点、聖地のグラウンド「甲子園」

 土のにおいがする。ちょっと芝生の青臭い香りがする。甲子園の記者席で、このブログを書いている。今は雨天中止から一夜明けた18日の試合前。目の前では、戦いを待つ聖地のグラウンド整備の真っ最中だ。昨季の阪...(高山通史)

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2006年5月12日

ちょっと気持ちいい「単独首位」という響き

 日本ハムが単独首位(12日現在)。球団、選手、また日本ハムファンの方々にも失礼を承知で「春の珍事」と書かせてもらった。だって30試合以上消化時点では7年ぶり、しかも前身の東映時代以来35年ぶりという...(高山通史)

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2006年5月05日

2000本安打へ着実に進む田中幸

 あのいたずらっぽい笑顔が、まだ見えない。日本ハム一筋21年目の田中幸雄選手が、ようやく2000本安打まで残り30本を切った。生え抜きとしては、球団初の偉業。4日西武戦で今季4安打目を放ち、あと29本...(高山通史)

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2006年4月28日

新庄引退発言の舞台裏(その2)

 前回の衝撃的な引退宣言の舞台裏の続きです。7回、新庄選手にこの日2本目となる満塁ホームランが飛び出しました。だがベンチへ戻っても笑顔はなく、思い詰めたような表情。また直後に守備位置に就く時、ファンか...(高山通史)

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2006年4月21日

新庄引退発言の舞台裏(その1)

 4月18日、午後6時56分。私のパソコンに届いた1通のメールに時刻は、そう記されています。球団広報から試合中に先発投手などの談話を報道陣は発信してもらっています。取材現場に衝撃が走ったのが1本のメー...(高山通史)

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2006年4月14日

活気を与えてくれるのは新庄の「肉声」

 ちょっぴり寂しい気持ちが今、胸の中にある。新庄剛志。日本ハムにとっては球団史の「記憶」の部分に名前を残す選手だろう。今後、残すであろう記録は偉大ではなくとも、特に本拠地移転後からの功績は、いろいろな...(高山通史)

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2006年4月07日

グラウンド外の戦力分析

 長い遠征が6日、ようやく終わった。今日7日からの西武3連戦で、ようやくパ5球団との一回り目の対戦が終了。千葉マリン、スカイマークと大阪ドームの敵地ロードも回ってきた。試合の結果は周知の通りなので割愛...(高山通史)

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2006年3月31日

もっと熱狂的な札幌ドームを見てみたい

 このブログを、ちょうど遠征中に書いている。千葉マリンでの3連戦の取材。この球場に来て、いつも目を奪われるのはロッテファンの応援だ。ほかの球団にはない、独自性のある選手ごとの打席登場時のテーマソング、...(高山通史)

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2006年3月24日

悩みの種は開幕日の服装

 いよいよ今シーズンが明日25日に開幕します。今夜、いつもよりは眠れない夜を過ごすであろうヒルマン監督。同じようにといっては大げさですが、私も今年はちょっと頭を悩ませてしまいます。...(高山通史)

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ハム番日記
高山通史(たかやま・みちふみ)
 新潟県新潟市(旧小須戸町)出身。日刊スポーツ長野、新潟支局を経て02年北海道本社に入社。編集部。一般スポーツ、コンサドーレ札幌などを担当し、03年9月から日本ハム担当。高校3年夏の甲子園に出場して本塁打をマーク。趣味は映画(レンタルDVD)観賞と愛犬の散歩。1975年4月生まれ。
本間翼(ほんま・つばさ)
 北海道札幌市出身。在京スポーツ紙で4年間経験を積み、07年6月に入社。昨年まではプロ野球を担当し、新規参入1年目の楽天、44年ぶり日本一の日本ハムを担当した。休日は最近はじめたゴルフの練習に精を出すが、思うように上達しないのが目下の悩み。1978年4月生まれ。
石井克(いしい・まさる)
 北海道札幌市出身。1983年8月生まれ。09年9月に北海道本社に入社。同年10月から日本ハムを担当している。小学3年から野球を始め、高校時代は投手。アンダースローに転向して甲子園を目指すも、夢はかなわなかった。最も尊敬する人物は野茂英雄氏。

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