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2009年5月18日

2つの野球人生に刺激受けた

 旅立ちの春という枕ことばを、実感する2つの野球人生の再出発を目の当たりにした。

 5月。本州への遠征を利用し、千葉・鎌ケ谷の2軍へ取材に言った。試合を終えた球場で、のほほんとしていると、いきなりの怒号に驚いた。「翔、ヘルメットかぶれ!」。翔とは2年目の中田翔。試合後の特打ちを、ヘルメットをかぶらず、帽子でしようとしているところを厳しく注意されていた。声の主は、昨季限りで現役を引退した、駒居鉄平ファームサブマネジャー兼ブルペン捕手だった。

 同サブマネジャーは高卒で入団し、昨季で8年間の選手生活を終えた。わずか1試合1打数無安打という1軍成績を残し、第2の人生をスタートさせた。引退までの数年は2軍戦にもほぼ出場することはなく、メーンの仕事はブルペン捕手。その時点で、すでに事実上の「戦力外」に近い、中途半端な立場だった。昨オフに引退を決断し、球団職員となることが決まった時に、晴れやかに話していた表情が印象に残っている。「正直、どうすればいいのか分からなかった。これでスッキリしましたね」。

 怒号に対し、やや抵抗の姿勢を見せる20歳に再度、「絶対にダメ」と敢然と注意した。まだ2年目とはいえ、注目の大物だけに1、2軍ともに首脳陣をはじめ周囲が、いまだやや対応に腰が引けているようなシーンを見ることがあるが、同サブマネジャーは毅然(きぜん)と向き合っていた。結局、中田もややふてくされながらも根負け。ヘルメットを装着して特打へ臨んだ。同サブマネジャーの姿勢と「本気度」が、きっと心に届いたのだろう、と感じた。もう選手とは違うという目線からの厳しい姿勢を見て、自責の念にかられ、刺激を受けた。

 もう1人はOBで03年から3年間、コーチを務めた大貝恭史氏。ユニホームを脱いだ後も札幌に住まいを構え、サラリーマンに転身した。5月上旬の札幌ドームの試合前イベントに関連企業の社員として訪れていた。すっかりスーツ姿が板についていたが、この春に36歳にして初めて大学生になったという。週6日、仕事が終わった後に、1日90分間の講義へ通う毎日を送っている。現職が「経営企画室」の社員。私立大の経済学部経営学科に籍を置き、スキルアップするのが目的の1つだそうだ。「周りがみんな若いから体育の授業についていけない」と苦笑する、その表情には充実感があふれていた。

 就職、求人難に悩む学生、さらに再就職を目指す中高年層。日本中で路頭に迷う人たちがあふれる世相の中で、前向きな姿勢は新鮮で刺激を受けた。愚直なまでに脇目を振らず、今をまっすぐに生きる大切さを再認識させてもらう、自分自身には「実りの春」になった。

(高山通史)


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ハム番日記
高山通史(たかやま・みちふみ)
 新潟県新潟市(旧小須戸町)出身。日刊スポーツ長野、新潟支局を経て02年北海道本社に入社。編集部。一般スポーツ、コンサドーレ札幌などを担当し、03年9月から日本ハム担当。高校3年夏の甲子園に出場して本塁打をマーク。趣味は映画(レンタルDVD)観賞と愛犬の散歩。1975年4月生まれ。
本間翼(ほんま・つばさ)
 北海道札幌市出身。在京スポーツ紙で4年間経験を積み、07年6月に入社。昨年まではプロ野球を担当し、新規参入1年目の楽天、44年ぶり日本一の日本ハムを担当した。休日は最近はじめたゴルフの練習に精を出すが、思うように上達しないのが目下の悩み。1978年4月生まれ。
石井克(いしい・まさる)
 北海道札幌市出身。1983年8月生まれ。09年9月に北海道本社に入社。同年10月から日本ハムを担当している。小学3年から野球を始め、高校時代は投手。アンダースローに転向して甲子園を目指すも、夢はかなわなかった。最も尊敬する人物は野茂英雄氏。

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