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企画特集


2009年1月19日

憲伸はアイデアの人

 日本時間の1月14日、中日からFA宣言していた川上が米アトランタでブレーブスへの入団会見を行った。画面の中の川上は子供のように無邪気に笑っていた。記者はそれを見届けてからナゴヤ球場へ向かった。選手たちが自主トレを行う球場には、どこか空虚な雰囲気があった。

 「見ているだけで勉強になった」。中田が言った。「観察力がすごかった」。吉見が言った。エースがいなくなった。予想はしていたが、現実となればそれぞれの選手の心を揺さぶる。約10年間、エースに君臨し続けた存在感はそれほど大きい。ただ、右肩関節唇損傷という投手として致命的な故障に見舞われながら、才能だけで第一線で投げ続けられたわけではない。記者はアイデアの人だったと思う。

 あれは07年、シーズンオフのある日のことだった。愛知県内の釣具店で川上とばったり会った。「こんなところで何してんの?」。逆にこちらが聞きたいくらいだった。記者は釣りざおを買おうとしていたのだが、川上が釣りを趣味にしていると聞いたことはない。「憲伸さんこそ何してるんですか?」。そして、その答えに仰天した。

 「ゴルフクラブを何本か入れるのにちょうどいい大きさのバッグってないんだよ。普通のだと大きすぎる。だからロッドケースを改造して作ろうと思って」。確かに釣りざおを入れるロッドケースのふたの部分を改造すれば、簡易ゴルフバッグになりそうだが…。その発想には釣具店の店員も驚いていた。

 グラウンドでも同じだった。日々のキャッチボール。川上は1球、1球、握りを変えて使える変化球がないかを試していたという。常に進化を求め、アイデアを絞る努力怠らなかった。だからこそ長年エースの座にいられたのだろう。進化を続けてきた中日のエース。おそらく環境の違うメジャーでも、その歩みを止めることはないだろう。

(鈴木忠平)


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村野森(むらの・しん)
 94年入社。ロサンゼルス支局で大リーグ担当、大阪でプロ、アマ野球担当などを経て06年11月から名古屋勤務。09年2月から中日担当キャップ。70年12月、北海道生まれ。
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 00年に入社後、01年に中日を担当。その後アマチュア競技、ボクシングなどの担当を経て04年オフの落合政権誕生時から再び担当に。幼少時は大の西武ファンだった。埼玉県生まれ、29歳。
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