2008年9月11日
竜戦士が失意とダメージを負った北京五輪で得たものとは…
失意のメダルなしに終わった真夏の北京五輪から、2週間以上がたった。中日は日本代表に12球団最多の4人を送り出した。帰国した五輪選手は一様に失望とダメージを抱えていた。
野手の荒木、森野は意外なところに疲労があらわれた。中日の代表選手をケアする目的で北京に同行した溝際トレーナーは言う。「試合後にマッサージに行くと、首の外側の筋肉が左右ともにがちがちに硬直していた。そんな状態は見たことがなかった。これが国際大会で日の丸を背負うということでしょうか」。
荒木は、帰国翌日の8月24日巨人戦から志願して出場したが、5試合目の同28日阪神戦は「急性胃炎と極度の疲労」で欠場した。それでも翌29日広島戦からすぐ復帰。こけたほおで「胃炎はストレス性らしいです。でも大丈夫。おれ、元気です」とピースサインを出した姿が、痛々しかった。
岩瀬は、4試合に登板して0勝3敗、防御率11・57。極限のプレッシャーの中、チームではめったにないイニングまたぎの連続。10年連続50試合以上登板を視野に入れる鉄腕も、疲弊した。普段のシーズンでは3連投をした直後ぐらいしか使わない電気治療器を、毎晩のように使用したという。帰国直後は「自分が疲れているかどうかも、正直わからない」と放心状態。チーム最多5試合に登板したエース川上は背中痛など体調不良で2軍調整。チェンは縫い目の高い国際球を使ったため、五輪後は縫い目の低い日本の試合球に指がかからずに苦戦している。
メダルもなく、ダメージを抱えた真夏の祭典。ただ何もなかったわけではない。川上は言った。「五輪では現実的なものとして得るものはほとんどない。ただ国の野球ファンのために、喜んでもらうために戦う。『誇り』という目に見えないもののために戦うことは僕にとって神聖だった」。
(益田一弘)
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- 岐阜県出身の34歳。97年オフから中日を担当。99、04、06年と3度の優勝を知っているのがささやかな自慢。自分の目で見て自分の耳で聞いたものをまず信用する。まず「観察」してからものを言うというのがモットー。
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- 鈴木忠平(すずき・ただひら)
- 00年に入社後、01年に中日を担当。その後アマチュア競技、ボクシングなどの担当を経て04年オフの落合政権誕生時から再び担当に。幼少時は大の西武ファンだった。埼玉県生まれ、29歳。
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- 益田一弘(ますだ・かずひろ)
- 広島県生まれの31歳。00年に入社して格闘技、相撲、サッカーを取材。「突撃取材」でボクシングの世界王者とスパーリングして3度ダウンした経験も。06年11月から中日担当。
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