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2006年8月18日

17年目で区切り到達、苦労人・井上の言葉

 15日の広島戦(広島)で井上が史上411人目の通算1000試合出場を達成した。プロ17年目での区切り到達は、決して早くはない。むしろスロー達成だろう。だが、井上はしみじみとした口調でこう話した。「高校からピッチャーで入団して、途中から野手に転向して…。これで終わりじゃないけど、いろいろあった中での1000試合だから、よくやってきたんじゃないかと思っているよ」。

 89年、井上は鹿児島商からドラフト2位で投手として入団。2年目の5月にはプロ初登板を果たすなど順調。だが井上は投手時代をこう振り返る。「野球をやっている感がなかった」。当時の中日は今中、山本昌の全盛期。杉本(現ソフトバンク投手コーチ)らが左腕王国を形成。一若手左腕に簡単にチャンスが回ってくる状況ではなく、1、2軍を往復する生活…。精神的にも疲れ果てていた。

 そう思い悩んでいたプロ4年目、94年の開幕直前に最初の転機が訪れた。当時の島谷2軍監督から打者への転向を打診されたのだ。「元々、打つことは好きだったし、今のままでいるよりもいいかと思った」と井上。その年、札幌円山球場で行われたジュニア・オールスターに出場、2本塁打を放ってMVPを獲得するなど頭角を現し、転向は順調なスタートを切った。

 そんな井上が本当の意味で自信を得たのは、98年5月の阪神戦だったという。「その時、ずっと打てていなかったけど、中込さんからホームランを打てた。あれから上がっていった。あれがなかったら、今のオレはないかもしれない」。その後、右翼の定位置を獲得し、翌99年にはリーグ優勝に貢献した。17日現在、井上は1001試合に出場しているが816試合が99年以降のもの。プロ生活を左右した大きな1発だった。

 そして今季。選手会長に就任したが、試合ではベンチスタートとなることが多くなっている。それでもこう言い切る。「声を出すとかいろいろやることはあるよ。いいムードをつくりたい。いつも試合に出ている時と同じ気持ちだよ」。井上はレギュラーを経験した選手としては最も難しいことを続けている。一転、二転、三転のプロ野球人生で区切りに到達したベテランの言葉には味があった。

(伊藤馨一)


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 岐阜県出身の34歳。97年オフから中日を担当。99、04、06年と3度の優勝を知っているのがささやかな自慢。自分の目で見て自分の耳で聞いたものをまず信用する。まず「観察」してからものを言うというのがモットー。
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